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[読書レビュー]知識経済における地政学について考える

『Geopolitics of the Knowledge-based Economy』はフィンランドヘルシンキ大学地理学部のサミ・モイシオ教授の著書であり、2019年にRegional Study Associationの著作賞を受賞した本である。

 

知識経済を地政学の視点で論じるにあたり、2つのアプローチが考えられる。第一が国際政治における激しい覇権争いの中の1つのテーマとして知識経済を取り扱うものであり、第二がイノベーションなどの地域間競争が地政学の枠組みに拡大されて分析されるものである。本書は著者が経済地理学者と言うこともあり、後者のアプローチである。

 

モイシオはポーターのクラスター論、フロリダのクリエイティブクラス論、ラーニング地域論、カマーニのイノベーティブ・ミリュー論などをもとに知識経済における地政学を論じている。

 

地域間では国際的な激しい競争が行われている。それは生産を中心とした産業経済ではなく、イノベーションや学習を中心とした知識経済における競争である。

その競争の中心は都市地域である。知識経済は、グローバルネットワークにおいて都市地域と言う単位が重要であることを示している。それ自体はスコットのグローバル都市地域の議論に通じる。

そして、その地域間の激しい競争は、国家が退場したのではなく、国家は引き続き重要な役割を果たしている。

 

世界には優れたスタートアップ企業や知的インフラとしての大学等があるスーパースター都市がいくつかある。彼は、ヘルシンキにあるアールト大学、美術館(グッゲンハイム美術館ヘルシンキ)を紹介し、それが文化的意義より経済的意義に重点がおかれていることを示している。

そして、スーパースター都市では、クローバル化により脱領域化されていると同時に、活動が集合化されて再領域化されているという矛盾している現象が見られるとしている。

 

また、 知識経済における都市地域にはテリトリーとしての空間とテリトリーを越えた関係性の空間の両方があり、イノベーションのなどの知的創造活動においては都市地域が活動の結節点となっている。

 

本書は、いくつかの事例を扱ってはいるが、実証論というよりクラスター論やイノベーティブ地域論に地政学的視点を加えるという新たなフレームワークを提示したものであり、理論中心であると言える。

 

日本に対する示唆としては、知識経済社会を形成するにあたり大学が重要な役割を果たしており、その大学の補助金を減らして機能を強化していない現状に対する反証となるものである。また、地域政策としてクラスター論や地域イノベーションが展開さているが、それは地政学的に見たら知識経済における国の拠点として有効なことを示している。

そのことは、私が『イノベーションの空間論』の示した”イノベーションにおける地域”(region in innovation)の議論に通じるところがある。