地域戦略ラボ

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企業におけるイノベーションのための地域

先日までは、イノベーションの創出のために地域が重要であるとの議論を見てきました。

しかし、大企業のイノベーションの創出活動では必ずしも地域的な要素を見受けるとは限りません。そこで、企業の視点からイノベーションのための地域や場所の利点について考えてみます。


イノベーションでは研究機関や行政機関が様々な介入・支援を行うが、その創出主体はあくまで企業です。

そのイノベーションの創出要因は、企業の研究開発戦略、市場戦略、販売戦略、人事戦略など様々な経営判断から生まれるもの、つまり企業家による意思決定の問題であり、地理的条件により決定されるものではないとの指摘されています。確かに、イノベーションの地域的局面による企業の優位性の構築は事業構築における競争フィールドの一局面を示すに過ぎないので、イノベーションにおける地域的局面を過大評価すべきではないと言えます。

しかし、事業環境は企業の成長に大きな影響を与えるし、人もビジネスチャンスを得やすい良い環境に集まる傾向が強いです。さらに、企業家の意思決定自体も地域がもつ制度に影響されている可能性があります。

つまり、イノベーションのための企業活動において、立地の選択は競争力構築のための重要な経営戦略の1つであることに違いはありません。


知識経済社会における集積のメリットとして、マーシャル(Marshall 1890 )が工業化時代に洞察したのと同じように、知識や技術の取引の低コスト化、知識の溢出(スピルオーバー)、専門人材の労働市場の形成が挙げられます。

しかし、これらは地域および地域の中小企業にとってのメリットであり、大企業にとってのメリットと必ずしも一致するわけではありません。

多額の資金によって調達力を有する大企業は、先端技術という希少性のある高度な研究をグローバルな空間で探索・調達しており、地域の大学や企業から調達することに拘っていません。

しかし、企業の外部環境としての集積地にレベルの高いパートナーとなる大学や企業、ユーザーが集まっていることは競争力構築の一助となります。

例えば、高度技能者や技術者を採用する際に、地域内に人材プール(労働市場)が存在している方が、人材確保が容易にいきやすいです。

さらに、地域の中間組織との研究開発により新しい規格などの標準化をやりやすくなるというメリットもあります。

付け加えて、地域内に物理的なイノベーション・コミュニティがあることにより、予期しない関係性が構築出来て、新たなプロジェクトが生れる可能性が高くなります。


オランダのフィリップスはオープン・イノベーションにおける立地環境を整備して優位性を構築しています。

地域にあるベンチャー企業の買収により最新技術を取り込んだり、地域にハイテク人材の労働市場があれば、高度人材の調達において柔軟に対応できることで優位に立てます。更に、優れた高度研究者や起業家が集うことによりイノベーションの環境(ミリュー)がつくられ、研究開発に優れた拠点・地域との評判を得られれば、地域はリビングラボとして最先端の技術的課題やニーズが持ち込まれることもあります。

そのような最先端の技術的課題を抱えている企業は、往々にして先駆的なユーザーとなり、最先端のイノベーションを生む可能性が高くなると同時にそのことは新たな事業機会の発見・創出につながります。

つまり、地域の顕在性を上げて、評判を高めることは正の固定化(ロックイン)となります。また、その結果、多くの参加者が増えていけば、地域・拠点にとってネットワーク効果を高めるという働きがあります。

 

野澤一博(2020予定)『イノベーションの空間論』一部改筆