地域戦略ラボ

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『イノベーションの空間論』の出版にあたって

『イノベーションの空間論』はネットではもう発売になっておりますが、本の奥付では4月3日が発行日となっております。そこで拙著の出版に際し、執筆の動機、目的について以下に簡単に述べたいと思います。

 

21世紀において、国や地域が繁栄していくためには、国や地域に立地する企業が新製品や新技術などを開発し、イノベーションを起こして競争力を確保していくことが重要です。
しかし、イノベーションは、世界空間のあちらこちらで生まれているわけではありません。

イノベーティブなものやサービス、それらをもとにした新産業は、米国のシリコンバレーやボストン、イギリスのケンブリッジや中国の北京・中関村、深圳、インドのバンガロールイスラエルのテルアビブなど特定の地域で偏在して起きています。
つまり、イノベーションを創出する企業や技能労働者の居場所は局地化しています。そのような地域には、企業が技術などの新しい知識を獲得・開発・活用できる制度や環境が整備されています。

インターネットや高速交通技術等の発展により世界はフラット化したと言われますが、イノベーションの地域的偏在を見ると地理や距離といった物理的空間も引き続き重要であると言えます。

 

日本を活性化させるためには、イノベーションを起こすことが必要だと考えてきました。
日本においても、シリコンバレーのようなハイテクをもとにした新産業の揺籃地とでも呼ぶような地域の構築を目指した取組みが行われてきました。

例えば、筑波研究学園都市けいはんな学研都市のような国や企業の研究所の集積地が形成されると同時に、全国にテクノポリス計画 やクラスター計画が展開されてきました。

その他の地域では大学などの学術機関にある優れた技術シーズを活用して地域にてイノベーションを創出することが期待されています。


しかし、日本にシリコンバレーのようなハイテククラスターの創出は確認できていません。なかなか大きな成果が出ない中で、地域によっては「どうせ地域でイノベーションを起こすことは無理だろう」というようなイノベーションの取組みに対して一種の“疲れ”のような感じが出できています。

では、なぜ日本においてイノベーションが次々と生まれるような地域が生れていないのか、その要因を検討するためにもイノベーションの創出における空間的要素について考察することが必要だと考えます。

 

イノベーションの創出おいて、地域という空間が重要な役割を果たしています。イノベーションは、一人で起こすことはできず、他の研究者や事業者・企業家などと連携する必要があります。

その連携関係を構築するには信頼関係が必要であり、つながりなどの社会的関係が豊かな地域の方が、関係が構築しやすいとされています。イノベーションは、文脈(Context) のない無味無臭な空間で起きるのではなく、様々な人々の関係が行き交う文脈が織り交ざった特定の空間で起きています。
地域は、立地する企業や大学などの諸組織がイノベーション活動を空間的・機能的に統合する場所として重要な役割を担っています。
企業から見て、イノベーションは、企業内部の資源だけではなく様々な外部組織と関係を構築することが必要であり、イノベーション活動が一企業内から企業の外部環境としての公的な空間へと広がっています。

つまり、企業のイノベーション創出活動では、企業の経営資源経営判断が重要であることに変わりはありませんが、企業の外部性が重要になっていると言えます。

企業がイノベーションのために、どのような立地を選択するか、企業の外部環境をどのように活用していくかが重要となっています。

 

イノベーションと地域の関係については以前から多くの議論がされてきていますが、それらを見ると2つの視点があることがわかります。

第一が主に地理学で議論されている地域の活性化や地域振興におけるイノベーションの役割や、イノベーションの局地的発生における地域についての視点としての「地域におけるイノベーション(Innovation in region)」です。

第二がイノベーションの創出における地域や場所の機能・役割などに関する視点としての「イノベーションにおける地域(Region in Innovation)」です。イノベーション・マネジメント論では直接的にイノベーションに関する空間や場所についての議論は少ないですが、知識マネジメント論では知識創造のためには環境や制度が重要な役割を果たしていると言えます。

 

それらの議論は共通の土俵に乗ることなく交錯しています。

しかし、両者は無関係ということではなく、相互の知見を融合させることはイノベーションにおける空間に関する理解を深化させることにつながります。

そこで、イノベーションと空間に関する議論の整理を行う上で、地域におけるイノベーション創出の取組みについて詳細に検討し、イノベーション創出のための空間について考察していくことが必要と考えます。

 

拙著では、イノベーションを知識の創造とその学習活動の連鎖と捉え、イノベーションの創出においては知識創造を促進させる場所という具体的な物理的空間が必要としています。

そしてイノベーションは1人では出来ず、企業、行政・機関の研究者や事業者などと連携する必要があります。そのような連携がどのようにして生まれるのか、地方圏を中心に様々なタイプの事例を掲げてイノベーションの空間性を分析し、イノベーション空間の創出に向けた環境整備を提言しています。

 

よって、拙著『イノベーションの空間論』は、イノベーション・マネジメント論、経済地理学、地域政策論などの専門家のみならず、政府・地方自治体の産業政策・イノベーション政策担当者、イノベーションプロジェクトに従事している研究者、エンジニア、マネージャー、およびイノベーション、地域創生、地域イノベーションなどに関心のある方にご一読していただければと思います。

 

野澤一博(2020)『イノベーションの空間論』序章 一部改筆