地域戦略ラボ

地域経済や地域マネジメントに関していろいろな事を考えていきます。

すべての地域・都市にイノベーション政策を広げよう(OECD報告書)

OECDでは2020年10月にすべての地域・都市にイノベーション政策を拡大しよう:Broad-based Innovation Policy for All Regions and Citiesという179ページの報告書を発表しました。その報告書は最近の欧米の地域イノベーション政策の考え方を表していますので、今回はその概要を簡単に紹介したいと思います。

 

<地域や都市にイノベーション政策が必要な背景>

イノベーションはあらゆるタイプの地域で成長の鍵を握っています。しかし、多くの地域では、新たな成長機会への移行や、絶え間なく拡大するグローバルな知識がもたらす恩恵を享受することに苦慮しています。伝統的に「イノベーション」とは、フロンティア拡大型の科学的・技術的なブレークスルーを意味しており、この点は今でもほとんどのイノベーション政策の重要な要素となっています。

 

しかし、多くの企業や地域にとってのイノベーションは、フロンティアを拡大することよりも、「追いつくこと」、すなわち、国内の他の地域や世界の他の地域からのアイデアや発明、イノベーションを採用することに重点が置かれています。このようなダイナミクスを捉えるためには、企業、公共部門、その他のあらゆる分野における知識の創造を通じて生まれたあらゆるタイプの新しいプロセス、製品、活動を含む「イノベーション」という広い概念が必要となります。


また、イノベーションの可能性を引き出すツールは、地域の異なるアクターの能力に依存していることを認識する必要があります。また、イノベーションの可能性を引き出すためのツールは、地域の様々なアクターの能力に依存していることを認識する必要があります。

 

 必要なのは、地域の状況に合わせたプログラムであり、特に「地域イノベーションシステム」の能力、すなわち、関連するイノベーションアクターのネットワークと、それらの間の公式または非公式のリンクです。

 

<地域にイノベーション政策を拡大させるための6つの原則>

 ■あらゆることを巻き込んだ地域イノベーションシステムの構築

あらゆるタイプの地域がイノベーションの可能性を十分に活用できるようにするための政策には、単一の「ベスト・プラクティス」は存在しません。むしろ、政策には、地域の資源を考慮し、それに適応するような、地域に合わせたアプローチが必要です。

 

このアプローチは、純粋に公共部門だけが主導するものではなく、知識を創造し、共有し、流通させる地域のアクターをも巻き込むべきです。多くの地域では、学界、官民、市民社会「四重らせん」構造を持つ組織がすでに存在しています。

 

しかし、これらの組織が成功するかどうかは様々です。成功するためには、地域のイノベーションを支援する目的に沿ったインセンティブ(規制や財政など)が必要であり、少なくともイノベーションシステムのアクター間の連携を積極的に阻害しないようなインセンティブが必要です。また、参加者が自分たちのインプットや投資に価値があると認識すること、つまり参加することが価値あるものであると認識することも必要です。

 

■地域のイノベーションシステムの適応性を確保する

経済的な強みが確立されている地域であっても、産業、デジタル、グリーン(脱炭素)などの移行期に経済が停滞し、時代の変化に適応できなくなる危険性があります。地域が経済を向上させ続けるためには、地域イノベーションシステムを適切に適応させる必要があります。

 

歴史的に、イノベーションの能力とリターンを内在化させることを目的としたクローズド・イノベーション・システムは、OECD の多くの地域の発展を支えてきました。

 

しかし、既存の技術や知識分野が交差するところでイノベーションがますます発生するようになると、閉鎖的なシステムはもはや地域のイノベーションにとって最も効果的なアプローチではないかもしれません。

 

■学習を支援する仕組みを政策立案に組み込む

地域イノベーションシステムを改善するための評価と学習は、政策プロセスの不可欠な部分です。地域独自の政策は学習の源泉となり得るが、もう一つの源泉は、他の地域で生み出されたアイデアイノベーション、発見にあります。地域や国の政策立案者は、他の地域で成功したツールやプログラムを適応させ、その発展を研究することで、他の地域が陥る落とし穴を回避することができます。


学習は政策プロセスのさまざまな段階で重要であり、さまざまな手段で支援することができます。知識共有ネットワークは、他の場所でうまくいった実践を広めるのに役立ちますし、マッピングと先見性の実践は、地域の強みと弱みについて学ぶのに役立ちます。


イノベーションシステム、イノベーション戦略、政策、プログラムを策定するプロセスは、公共部門の能力を構築し、四重らせんのメンバー間のリンクを形成するのに役立つため、多くの場合、学習を促進するのに役立ちます。実験的ガバナンスのようなガバナンス・メカニズムは、学習プロセスを制度化し、政策サイクルの不可欠な部分とすることができます。

 

しかし、政策の学習と実験における根本的な課題は、それらを成功させるために必要な社会的・制度的基準を決定することにある。

 

■グローバルなバリューチェーンにつながるローカルイノベーションの機会を求めて

技術的先端ではない地域への知識の流れを支援するために、さまざまなチャネルが存在します。

 

多国籍企業が現地での活動に意欲的に取り組むようなインセンティブがあれば、海外からの直接投資は、地域に新しいアイデアや能力をもたらすことができます。企業はサプライチェーン内の知識を活用することができ、サプライチェーンが国境を越えている場合には特に価値があります

 

地域への波及効果を確保するためには、地域や地方自治体による積極的な役割が必要となることが多く、単に経済活動を誘致するだけではなく、経済活動を定着させることに焦点を当てて考えなければなりません。

 

■非連続性と戦うのではなく、非連続性を受け入れる

破壊的イノベーションは、既存産業の変位や雇用の喪失につながる可能性があります。このショックの深刻度は地域によって異なります。

 

地方や国の政策立案者が最初に反射的に行うのは、しばしば新技術を抑制しようとすることがありますが、このアプローチは根本的な問題を解決するものではありません。

 

非連続性を避けようとするのではなく、政策対応は、例えば、トレーニングの取り組みを期待されるイノベーションに合わせるなどして、包括的な成長に向けて非連続性の進展を準備し、舵取りをする必要があります。

 

既存の経済を破壊することが必要かもしれません。輸送、エネルギー生産、無駄の少ない消費への移行といった破壊的なイノベーションがなければ、気候変動を緩和し、カーボンニュートラルな経済へと移行するための取り組みは失敗に終わる可能性があります。

 

イノベーション政策領域とその関連政策領域との連携を促進する

イノベーションシステムは、システム内のアクターをつなぐリンクがあればこそ強力なものとなります。地域は、アクターが定期的に関わり、信頼を築き、理想的には彼らが住み、働く地域で共通のビジョンを持つことができるような、可能な限り強力なつながりを育む可能性を秘めています。

 

より強力なイノベーションシステムを促進する政策の多くは、研修やスキル開発、ビジネス促進、外国直接投資の誘致など、イノベーション政策の領域外のものです。これらの領域はすべて、特にイノベーションをさらなる目的としている場合には、イノベーションのための地域の能力を向上させるための重要な推進力となります。

  

<報告書から言えること>

 イノベーションを問うときに、科学技術型が非技術型かという分類がありましたが、それは本質ではないです。イノベーションは、気候変動や高齢化などの大きな社会課題を解決するために必要であり、そのためには科学技術型のイノベーションである必要はありません。それよりか、あらゆる地域があらゆる形で、新しいプロセス、製品、活動を生むことが必要だとされています。

つまり、ビジョンドリブンなイノベーションを駆動することが、最終的な目的である社会変革につながると考えられています。

 

 

www.oecd-ilibrary.org

 

 

地域活性化のためのイノベーション:ローカル企業と公設試による骨まで食べられる魚干物の開発

 以前のブログ(および拙著『イノベーションの空間論』)で地域イノベーション

①-A 技術基盤構築型地域イノベーション(ハイテク型)
②-B 技術基盤構築型地域イノベーション(ローテク型)
③リビングラボ型地域イノベーション
④地域埋め込み型社会イノベーション
地域活性化イノベーション
の5つの類型に分類しました。

 

その1つの地域活性型のイノベーションの事例として、愛媛県東温市の中小企業が公設試験研究機関(公設試)と一緒に取り組んだローカル・イノベーションの取組み例について紹介します。

 

 

1.開発された商品と参加した産学官のプレイヤー

イノベーションとしての骨まで食べられる魚干物

愛媛県東温市にある水産加工業を営む(株)キシモトは公設試と組んで骨まで食べられる魚の干物を開発したローカル・イノベーションを成し遂げた。

その商品は、従来、可食に適していなかった硬度の部位(頭・背骨等)を含め、魚一匹をまるごと柔らかく加工してあり、骨軟化のための薬品や保存添加物を使用しない食の安全にもこだわった商品である。商品は減塩加工により塩分を従来品の約50%カットしてあり、カルシウムやDHA(ドコサヘキサン酸)などの栄養素が豊富に含まれているという特徴を持っている。

そのため、子供からお年寄りまで安心して魚の干物をまるごと食べられるという優れた商品である。また、高温加熱殺菌処理を行っているため、常温での長期保存(3か月)が可能であり、同製品は今までの干物の概念を変える画期的な商品であり、地域が生んだイノベーション商品と言える。

 

      図1 骨まで食べられる魚干物

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   (資料:(株)キシモト提供)

 

商品開発のきっかけと産学官連携の展開

商品の開発の契機は、愛媛県産業技術研究所技術開発部(当時 工業技術センター化学工芸室)の主任研究員が2005年に聖カタリナ大学らと、ユニバーサルデザイン研究会を立ち上げ、その聖カタリナ大学の学生が社会福祉系実習として介護施設で食事介助をしている際に、利用者の高齢者との会話の中で、“昔食べた尾頭付き魚を食べたい”などの要望を聞いて、その思いに応えようとしたことから始まった

「まるごと骨まで食べられることができるアジの開き」の開発は、愛媛県産業技術研究所食品産業技術センターで、1994年から1998年にかけて水産庁の委託研究事業で開発を行っていた。当時、ハマチや真鯛の中骨の軟化試験では、研究所内にある小型の高温高圧調理殺菌装置を使用しながら研究が進められ、レトルト処理により魚骨のコラーゲンがゼラチン化することにより魚骨が軟化する仕組みを発見し、小型のアジの骨軟化技術が確立された。

また、1994~1995年の愛媛県事業で、魚骨軟化技術を用いたレトルト処理によるまるごと骨まで食べることができる焼きアジ、アジの開き、タチウオなどが開発された。産業技術研究所技術開発部、食品産業技術センターと聖カタリナ大学は、2008~2009年に愛媛県の単独研究事業により、高齢者のニーズを受けて高齢者のユニバーサルデザインにもとづいた食品開発をターゲットとして、産業技術研究所食品産業技術センター内に眠っていた魚骨軟化技術をもとにしたアジの干物の開発に絞り込んで開発を進め、「まるごと骨まで食べられることができるアジの開き」の製品開発に成功した。

 

2. 開発のプロセス(製品開発→商品開発→事業開発)

製品開発から商品開発へ

「まるごと骨まで食べられることができるアジの開き」の商品化に当たっては、現場にあった製造方法や製造設備などクリアにすべき問題点がいろいろとあった。そのため、2010年度に愛媛県産学官共同研究事業を活用し、産業技術研究所と聖カタリナ大学に製造業者である(株)キシモトが加わった。

(株)キシモトでは、従来から冷凍技術等に関する技術相談で産業技術研究所食品産業技術センターに熱心に通っていたと同時に、アジの開きの生産では大きな加工能力を持っていたため、産業技術研究所は本開発の事業パートナーとして(株)キシモトに声をかけた。
骨軟化技術による「まるごと食べることができる魚の干物」の商品化は、高温高圧調理殺菌装置での温度、時間、圧力、乾燥などの諸条件を探るのがポイントであった。当初、産業技術研究所食品産業技術センターが所有していた技術の商品化のために、食品産業技術センターの技術シーズが(株)キシモトへ移転された。

その後、(株)キシモトは、アジ、レンコダイ、サバや他の魚種(ホッケ、サンマ、ニシン、サーモン)については独自に試行錯誤しながら商品化していった。商品化期間中、(株)キシモトでは、産業技術研究所食品産業技術センターの高温高圧滅菌装置を使用しながら、毎日魚の処理方法、魚種ごとの条件設定を洗い出し、適度な加工条件を探索していった。

一方、産業技術研究所食品産業技術センターでは、製品化された製品の塩分などの調味分析や、水分、骨の量などの成分分析を行った。

 

商品開発から事業開発へ

その後、(株)キシモトでは、産業技術研究所食品産業技術センター長から公益財団法人えひめ産業振興財団が実施している「えひめ農商工連携ファンド事業」の紹介を受け、財団の農商工連携プロジェクトマネージャーから助言を得つつ、2011年4月に八幡浜市にある(有)昭和水産との連携体で同事業に申請し、事業採択された。同事業では、アジ以外の魚種でのまるごと食べられる干物の商品開発を行うと同時に、販路の拡大、施設の拡充が図られた。

また、2011年6月には、(株)キシモト、(有)昭和水産、愛媛県産業技術研究所食品産業技術センターによる事業が経済産業省農商工等連携事業計画に認定された。自動真空包装機については、えひめ農商工連携ファンド事業により、機械設備を(株)キシモト社内に設置した。数千万円する高温高圧調理殺菌装置は、愛媛県経済労働部から総務省地域経済循環創造事業交付金について紹介を受け申請し、2013年度に事業採択され、整備することが出来た。

 

事業の成果として宇宙食となる

骨軟化魚干物は、現在、アジ、タイ、ホッケ、サンマ、サバ、ニシン、サーモンの7魚種を扱っている。骨軟化魚干物の現在の販売は、スーパーマーケットや生協など量販店を中心に行っている。(株)キシモトとしては、骨軟化魚干物という付加価値品の提供により、従来の顧客層にはなかった中元や歳暮などのギフト製品としてデパート、高級量販店でも販売できるようになった。
この「まるとっと」の開発の取組みは、新しい食品の創造開発に貢献したとして、2016年2月に一般財団法人四国産業・技術振興センターの「2015四国産業技術大賞」、2016年3月に公益財団法人 安藤スポーツ・食文化振興財団の「安藤百福賞第20回記念特別奨励賞」を受賞した。

また、更なる展開として、宇宙滞在ではカルシウムが必要になるので、カルシウム高含有食材の宇宙食として、産業技術研究所食品産業技術センターと共同で「まるとっと」の常温での長期保存試験を行った。2020年にJAXAにより宇宙食として認定され、宇宙空間に進出した。

 

3.ローカル・イノベーションの成功要因

ローカル・イノベーションの要因

骨軟化魚干物の開発の取組みは、県の産業技術研究所技術開発部の仲立ちではあるが、技術のマッチングというより、大学生が実習先で感じた、高齢者に尾頭付きの魚を安心して食べさせてあげたいという思いと、食品産業技術センターが保有する「魚骨の軟化技術」のシーズと、(株)キシモトによる健康によい魚を幅広く食べてもらいたいという思いとのマッチングによるものと言える。

本事例は、主に大都市圏で取組みがされている科学技術主導型のハイテク系の地域イノベーションとは違い、ローカル地域の技術によるローカルのニーズためのイノベーション創出の取組みであった。その成果は、人びとのQOL(生活の質)の向上を目指すものであり、魚などの骨の摂取は成長期の青少年や骨粗鬆症の予防として高齢者にもよく、多くの人に骨まで食べられる干し魚を食してほしいという社会的使命感が研究開発の継続を支えた。

その結果、イノベーションの成果が地域に定着した。企業間・産学官間の連携構築には、課題・テーマに直面してから関係を構築するのではなく、事前の準備や普段の付き合いの中で関係が構築されていった。同時に、ローカルでは、研究開発・商品開発できる能力・体力のある企業が少ない。そのため、イノベーションの担い手となる企業の確保・育成自体から始めなければならない。

 

技術開発だけでない公設試の役割

本事例では、技術の開発・移転・普及には地元の公設試である産業技術研究所の果たした役割は大きかった。魚骨軟化技術自体は産業技術研究所食品産業技術センターで開発されていたものであり、産業技術研究所では、技術の創出をはじめ、その実施主体となる企業に技術移転・指導・分析の他に、共同事業の研究開発の関係構築を行っていた。

本件では、地域の公設試が、企業や機関の関係構築のための信頼の媒介学習継続のための制度整備などの役割を担っていた。今回のイノベーションは、大学ではなく公設試が中心的な役割を果たしていた。ハイテクではなくローテクである点などにより、従来の地域イノベーションとローカル・イノベーションは制度的・技術的に明確な違いがある。地域資源を活かしきれていないローカル地域においてのイノベーションの創出には、大学中心の科学技術主導型のイノベーションとは違ったモデル化が必要である。

 

4.組織間学習としてのイノベーション・システムの構築

ローカル・イノベーションにおける組織間学習の展開

以下に骨軟化魚干物の商品開発を学習の場の展開から見ていく(図2)。

骨軟化魚干物の学習関係構築の前段階として、産業技術研究所食品産業技術センターでは魚骨軟化技術を確立させていた。その技術自体は、数値化・コード化された移動型知識であった。それが、地域企業や大学、介護施設、水産会社などを含めた取引関係の中で埋め込み型知識へと転換が図られていった。

(株)キシモトは以前に魚食の普及のために魚骨抜き機の開発を行っており、技術開発・製品開発及び市場状況についての経験・情報を蓄積していた。聖カタリナ大学と産業技術研究所との関係も本事業前からユニバーサルデザイン研究会で問題意識を共有していた。その後、愛媛県の研究事業やえひめ産業振興財団、経済産業省農商工連携事業等とつながっていった。

イノベーションのための学習の場は、様々な学習が連鎖することによって成り立っているイノベーションのためには、学習の場を構築させるだけではなく、継続・連結・発展させることも必要である。

 

   図2 「まるとっと」製品開発における学習の場の展開

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 公設試を中心としたイノベーション・システムの重要性

本取組みは、地域資源の恵まれないローカル地域においても、その地域的劣位を乗り越えてイノベーションの創出に成功した例である。技術レベルも地域の中小企業の身の丈に合ったものであり、企業は苦労しながらも、知識を吸収・定着・展開していった。

地域の中小企業は新規技術の学習自体に不慣れなこともあり、企業に、動機付けを含めた企業の学習環境の整備が必要である。大学の高度な学術知を活用してイノベーションを創出する企業はローカル地域には多く立地していない。それよりか、決してハイテクではないが技術力を向上させて、既存事業の高度化を図る企業はある。

従来、イノベーションには程遠いと思われていた魚の干物であるが、このたび頭から骨までまるごと食べられる魚の干物という新たなイノベーテイブな商品がもたらされた。その開発は、地域の中小企業が行ったものであるが、地域の公設試、大学、行政機関などとの連携により、成し遂げられたものである。その中心として公設試の役割は大きい。

地域の公設試は、技術シーズの開発から、関係機関との関係構築、技術の移転など、地域におけるイノベーションをマネジメントしていた。ローカルな学習において中心的な役割をになうローカルイノベーション・システムの中核的存在である。特に研究開発志向の企業が少ないローカル地域では、公設試を中心としたイノベーション・システムを再構築する必要がある。

 

今回の事例の詳細を知りたい方は、こちらの論文をご覧ください。

 

 

「地域経済学」を学習するための本5選(その2)

過去の記事でも紹介しましたが、大学で「地域経済学」について講義しています。講義では地域経済に関するリテラシーを向上させるためにいろいろな本を紹介しています。

 

 

 

以下に地域経済学を学ぶ上でおすすめの本を5冊新に紹介したいと思います。

 

曽我謙悟(2019)『日本の地方政府』 

地方政府については中学の公民や高校の現代社の授業で学びました。しかし、大学で地域おこしについて学ぼうとするのであれば、そのレベルで知識がアップデートしていないのは問題があります。

 

地方政府は、住民、地域社会、地方政府、中央政府との関係性の中でとらえられていいます。都道府県も市町村もある地方政府は、複雑で雑多な課題を抱えており、その様々な関係性の中で、すぐれた政策マネジメントを行う必要があります。地方政府の機能・構造はある意味、可塑的であると言えます。(イングランドの地方政府のガバナンスの変化については最近論文にまとめましたのでそちらをご覧ください。)

 

著者は本の題名を地方自治ではなく、地方政府としている。これは、地方自治体として中央政府の下請け的存在ではなく、機能的にも存在的にも中央政府と対等な位置づけにあるべきであるという考えがうかがえます。

日本の地方政府-1700自治体の実態と課題 (中公新書)
 

 
 今井照(2017)『地方自治講義』 

地方創生に関連する学びを展開する大学が増えています。当愛媛大学社会共創学部もそのうちの一つです。そこではローカルコミュニティの個人やグループが地域おこしの取組みなどを行い、学生がそれらに参加したりしています。

 

しかし、”地域”という主語について具体的に吟味することがありません。当然のことながら地方創生において地方自治体は重要な役割を担っています。その自治体の機能、歴史、公共性、法的意味について認識することはとても重要です。この本は地方自治体の役割について大まかに知るうえでとても参考になります。

 

地方自治体や公務員については、”給料もらいすぎ”だとか、”お役所仕事で役立っているかどうかわからない”などの批判があげられます。しかし、地域活性化においてローカルに活躍する個人やグループの存在は大切ですが、公共の中心である地方自治体がしっかりと機能することが地域活性化にとってとても重要なことは言うまでもありません。

 

地方公務員を目指している学生も、将来の仕事を考える上で、上記『日本の地方政府』と合わせて押さえておきたい基本図書と言えるでしょう。

地方自治講義 (ちくま新書 1238)

地方自治講義 (ちくま新書 1238)

  • 作者:今井 照
  • 発売日: 2017/02/06
  • メディア: 新書
 

 

 岩永洋平(2020)『地域活性マーケティング

 ふるさと納税について詳しく知りたい人におすすめの本です。ふるさと納税地方財政の問題ですが、返礼品に注目があつまり、いかに返礼品として魅力ある地域産品を提供できるかが課題となっています。

 

制度的には問題が多いふるさと納税ですが、各地域が他の地域の消費者と結ばれる機会を創出した点では評価できると思います。その現実に対して、いかに産品として地域ブランドを確立して、地域と消費者を結びつける関係性を構築していくかを考えていくうえで参考になります。

 

現在セミでプレイスブランディングについて学んでいますので、そちらでも参考にしてもらっています。

地域活性マーケティング (ちくま新書)

地域活性マーケティング (ちくま新書)

  • 作者:岩永 洋平
  • 発売日: 2020/02/06
  • メディア: 新書
 

 

 河合雅司(2019)『未来の地図帳 人口減少日本で各地に起きること』 

ベストセラーとなった未来の年表 人口減少日本でこれから起きること (講談社現代新書)(2017)の著者による人口減少を各地域に当てはめて分析した本です。

前著では人口減少を日本全体の問題として捉えていましたが、具体的に地域ごとに分析してみることで、より身近に人口減少社会というものがイメージできるようになると思います。

 

日本社会において、人口減少による勝ち逃げ地域などはないことがわかります。地方の人口減少を東京の一極集中のせいにされますが、東京圏においても人口減少は避けられない問題ですし、すでに人口減少している地域と違い、人口減少慣れしていないため大きな地域社会の変革が求められるようになっていくと思います。

コロナ禍によって人口減少が加速し、地域社会は急激な変化を余儀なくされることとなるでしょう。

  

  ダイアン・コイル(2015)『GDP <小さくて大きな数字>の歴史』

 大学の授業では県民経済計算について扱っています。地域の経済成長はGDPの差分であると国民経済計算の考え方に基づいて教えています。しかし、そのGDPは経済活動として測れない領域もあり妥当性に問題があります。

 

地域経済は国民経済の論理と同じで良いかという疑問があります。人々がよりよい生活をおくるために、生産を増やすことに邁進することにどれだけの意味があるでしょうか。最近、地域の幸福度ランキングなどのようなものが行われています。しかし、幸福度とは個人的主観に依存するものであり、地域の幸福度の指標にどれだけの意味があるのでしょうか。著者はGDPの代わりになる指標として国連による人間開発指数をあげています。

 

本著ではGDPの歴史的変遷について知ることができ、知的好奇心をくすぐられます。著者であるダイアン・コイルは現在、オックスフォード大学の教授ですが、以前はEconomist誌などでジャーナリストとして活躍していました。なので、文体も平易でとても読みやすいです。

GDP――〈小さくて大きな数字〉の歴史

GDP――〈小さくて大きな数字〉の歴史

 

 

地域経済に関する事柄は変化も激しく、学問体系も大きな理論によって構築されているわけではないので、学ぼうとすると参考図書としては(『GDP』は例外として)どうしても新書が多くなってしまいます。

 

 

イギリスの地方自治における権限移譲とEU離脱

日本地理学会のE-journal GEOに拙稿「北東イングランドにおける権限移譲と地域の変容」が公開されました。

 

イギリス、特にイングランド地方自治制度は保守党と労働党の政争の具にされることが多く、中央集権の中で、中央政府地方自治体に対して権限を吸収したり、権限の移譲を行ったりしてきたりしていました。特に2011年の地域産業パートナーシップの組成以降、都市圏の地方自治体は中央政府の繰り出す地方政策に対応することに翻弄されてきたと言えます。

 

以下に、公開された論文の要約です。

<要約>

イングランドでは,2011年の地域産業パートナーシップの組成以降,都市協定,成長協定,権限移譲協定,合同行政機構の組成,公選制市長などと立て続けに政策が展開されている.本稿では,地域産業パートナーシップ設立以降のイングランドにおける権限移譲政策の展開を明らかにし,地域がどのように国の政策を受容し,どのように変容していったかについて明らかにすることを目的とする.事例として取り上げた北東イングランドでは,ノース・オブ・タイン,北東,ティーズバレーの三つの合同行政機構が形成された.合同行政機構は,新市場主義において都市地域の集積効果を利用した経済開発のために生み出された新しいガバナンスであり,その管轄領域は,政府との協定により権限が積み重なられることにより正当化されている.

 

私の専門は地域イノベーションであり、地方自治は専門ではありませんが、なぜイングランド地方自治の変遷について執筆したかというと、地域イノベーションに関する制度的取り決め(institutional arrangement)に関心があり、その地域経済政策のためのガバナンスに興味があったためです。

その興味の中で、イギリスのサブナショナルのレベルの地域を見ていると、地域というものが、固定的な存在ではなく、とても流動的な存在であり、”地域”の権限としての正当性と範囲の妥当性は人為的に作られるものであることに驚きを覚えたからです。

イギリスの地域は、地域開発公社(RDA)時代は、サブナショナルを単位としていましたが、現在の地域産業パートナーシップ(LEP)では都市地域を単位としてガバナンスの構築が図られています。その取組みは理念より実践的な経験主義的アプローチにより形成されています。

 

現在、イングランドの大都市圏では選挙による直接選挙によって選ばれた市長により自治運営がされています。そのリーダーシップはわかりやすいためマスコミによく取り上げられたりします。このコロナの制限措置の際にもグレーター・マンチェスターのバーナム市長の政府の措置に対する反対を表明する記者会見が大々的に報道されました

このコロナではイギリス政府の措置はあまり芳しくないため、地方の首長が中央政府に対して反対するようなことが多くみられます。地方自治体は権限もないので自分たちの責任については不問であり、中央政府を悪者にして自己を正当化しています。

その顕著な例がスコットランドでしょう。スコットランドもこのコロナの感染者数が大きいです。それに対してはボリス・ジョンソン政権のせいにしています。実際、ジョンソン政権がもうちょっとましなアプローチをしていれば、スコットランドもイギリスを見直して、イギリスに残留してもいいと感じることができたかもしれません。

 

イギリスのEU離脱もあり、スコットランドはイギリスから離脱すると私は思っています。1997年にブレア政権は権限移譲によりスコットランドに議会の設置(議会の設置は1999年)を認めましたが、それは地方自治の話ではないと考えます。スコットランドは元々別の国であり、それを分権により権限移譲していくことは国の分離につながることになります。一国の枠組みの中での分権・権限移譲であれば、それはあくまで地方自治の話ですが、連合王国であるイギリスにおいては話が違ってきます。

2004年にスコットランドでフィールドワークを行った際、スコットランドは北欧式の社会経済システムを目標としていると話しており、労働党が比較的強かったですがその議席はSNPに代わっていしまいました。また、経済開発のライバルとしてアイルランドを挙げていました。アイルランドと競争するため自由度の高い経済運営を要望しています。なので、イングランドの保守党を支持母体とする中央政府とは相対する仕組みとなっています。

スコットランドでは、2014年に独立の是非を決める選挙が行われました。結果は否決されましたが、SNPとしては何度も何度も独立するまで選挙を求めるでしょう。EU離脱スコットランド住民投票の要求に正当性を与える口実となります。仮に現在住民投票を行ったら、スコットランドは独立するでしょう。そうしたら、ロシアのプーチン大統領の高笑いをしている姿が目に浮かびます。

 

現在、北東イングランドについては論文3部作を執筆中です。第一弾が本編です。第二弾は投稿中であり、春ごろには公表できると思います。第三弾は苦労しています。

 

「松山都市圏を創造都市にかえる」をテーマにリモート講義を行いました

2020年第3クウォーター(10月、11月)の「産業立地論」の授業は「松山都市圏を創造都市にかえる」とテーマに講義を行いました。

授業登録者は社会共創学部の3・4年生46名でした。

 

本講義の目的は、知識の習得よりも、1年から3年までで学んだ知識を整理統合してプランを作成する能力の向上と、地域学習に欠けている視野の拡大を狙ったものでした。(なので海外の事例を多く提供しました)

 

授業は基本的にはZOOMによる同期型の遠隔授業を行い、46名をおよそ5~6名の8グループに分割して、ブレイクアウトルームを活用しディスカッションを行わせました。最後の4回は密を避けるためにもクラスを2分割して教室による対面式のプレゼンテーション(&準備)を行うハイブリッド型としました。

 

授業は産業集積からイノベーション、産学連携、海外都市の歴史と多岐にわたり、一見取り留めのないような印象を与えますが、授業初日に「松山都市圏を○○で活性化することを考える」というゴールを示し、それを意識し授業に集中するようにさせました。

 

授業の内容は下記の通りです。

第1回

10月2日

 

ガイダンス

 

第2回

10月6日

 

産業立地と集積             

宿題

第3回

10月9日

 

知識経済における集積         

 

第4回

10月13日

 

イノベーションについて           

グループディスカッション、宿題

第5回

10月16日

 

イノベーションと制度

 テーマ決定

第6回

10月20日

 

産学連携の仕組みと現況       

GD、宿題

第7回

10月23日

 

産業都市の誕生(マンチェスター

 

第8回

10月27日

 

工業都市の変遷(ピッツバーグ)  

GD、宿題

第9回

10月30日

 

ハイテク産業地域の変遷(シリコンバレー①)

 

第10回

11月6日

 

ハイテク産業地域の変遷(シリコンバレー②) 

GD、宿題

第11回

11月10日

 

創造都市論(バンクーバー

 

第12回

11月17日

 

グループディスカッション (プレゼン準備)

 

第13回

11月20日

 

グループディスカッション (プレゼン準備)

 

第14回

11月24日

 

プレゼンテーション (前半)

 

第15回

11月27日

 

プレゼンテーション (後半)

 

 

途中宿題を5回課し、固定メンバーによる5回のグループディスカッションを行う反転教育を行いました。

1 イノベーションについて

2 地域活性化における大学の役割

3 テーマに関する松山都市圏の地域資源、他先進事例

4 テーマに関する松山都市圏のSWOT分析、PEST分析

5 松山都市圏における創造性を生かした地域活性化

 

まずは宿題として個人で考えて、授業時間に班で発表・ディスカッションさせ、クラス全体で発表・ディスカッションというように学びの輪を拡大させ、新たな気づきが多くなるような学びの場を構築することを心掛けました。それを授業の講義内容とリンクさせ、不足分を補いました。

メンバーを固定してディスカッションをおこなわせることで、最終プレゼンテーションに向けたチームビルディングにつながりました。

 

地域活性化のテーマはハイテク、アート、サブカル、医療、スポーツとし、くじで各班に割り当てました。

学生が行った最終プレゼンテーションの題は下記の通りです。

・革新、愛媛をシリコンバレー

・施設に投資せず人に投資せよ(サテライトオフィスによる地域振興)

・たたかえサバゲ―の街

・松山サブカル (道後温泉鬼滅の刃のコラボによる観光客誘致)

・ちょっとでいいけん、県美にいってみん(方言音声ガイドによる愛媛県美術館活性化)

・メディカルツーリズムで松山を医療観光都市に

・Fun To Sports(ノルディックウォーキング、サイクリングによる活性化)

・アート砥部焼

 

プレゼンは各チームいろいろ調べてユニークかつ多様性に満ちた発表となりました。

学生はいろいろな分野で松山都市圏の発展の可能性を感じて視野が広がったことと思います。

昨年は同じようなことを対面式授業でやっていましたが、ZOOMを使った遠隔授業の方が各自が個人で考えられる時間があり、グループワーク・プレゼンテーションの内容が良くなったと思います。

 

リモートによるグループワークでは教員の目が行き届かないので最後に班メンバーのPeer評価をさせました。

参考文献はリチャード・フロリダの『新クリエイティブ資本論』と拙著『イノベーションの空間論』でした。

 

上記の授業に興味がある人はご連絡ください。

twitter: @nozakazoo

新 クリエイティブ資本論---才能が経済と都市の主役となる

新 クリエイティブ資本論---才能が経済と都市の主役となる

 

  

イノベーションの空間論

イノベーションの空間論

 

 

地域のマーケティングについて考えてみる

 昨年イギリスの自治体の都市計画部署を訪問した際に、「市役所に勤めるのに今後必要な能力はどのような能力ですか?」という質問をした際に、「マーケティング能力」という答えがありました。

そのことがありましたので、最近改めてコトラーら(1996)の『地域のマーケティング』 東洋経済新報社)を読んで見ました。

 

(原題は『Marketing Places』で、Placeを「まち」と訳しています。)

 

どうして「まち」のマーケティングが必要なのか(p.350)

「まち」の開発にマーケティングアプローチを採用することは、「まち」が新しい経済において効果的に競争していくための最優先課題である。

「まち」は、現在そして将来の顧客ニーズを満たすような製品やサービスを作り出さなければならない。

「まち」はその製品とサービスを、「まち」の内部にも外部にも、国内にも海外にも、販売しなくてはならない。

「まち」のマーケティングは、刻々と変化する経済状況と新しい機会に応じて柔軟に適応すべき継続性のある行動である。

 

地域ブランド品、観光だけでなく、企業誘致、人材獲得、移出(輸出)振興などが地域の発展には重要であり、そのために地域が戦略的に「地域」を売り出す必要が高くなっています。

地域イノベーションにおいても、企業や人材・資金の獲得のために、地域のブランド力(例えばシリコンバレーなど)は重要になってきています。

 

「「まち」のマーケティング」の中心となる考え方は、「まち」は、抵抗する内部・外部の強大な力を乗り越えて、その資源と人々の力を結集して、競争上の比較優位性を改善することができる、ということである。

国の国家間の競争に対する対応と同じように、「まち」も流動的な経済秩序に対して、対応していかねばならない。そのチャレンジにうまく対応するためのマーケティングの手法や機会を戦略的市場計画立案の考え方が与えてくれるのである。(p.351) 

 

→地域をマーケティング的に考えることは難しいことではないですが、それを実行させるとなると、地域内外の軋轢もあり難しいです。

それは、行政では平等が原則であるのに対し、マーケティング戦略では選択と集中があり優先順位をつけなければいけないからです。 

 

「まち」はこれからの問題点にどのように対処すべきか

 「ビジネスのスタート、成長、変革、新製品の開発販売、生産性の向上、輸出市場の開拓、契約、衰退、移転、撤退などが成功するかしないかは、「まち」の実行力にかかっている」 (p.327)

 

21世へ向けたこれからの「まち」の開発を導く枠組みとなる10の対応策(p.327~)

対応策1:「まち」は戦略的なビジョンを確立して問題に対応する必要がある

対応策2:「まち」は市場に基づいた戦略的な計画立案方法を確立する必要がある

対応策3:「まち」は本物の市場志向を採用しなければならない

対応策4:「まち」はそのプログラムやサービスの品質をうちたてなくてはならない

対応策5:「まち」は自分たちの競争優位性を効果的に伝達し、プロモーションする能 力が必要である

対応策6:「まち」は経済基盤を多様化して、変化する状況に応じて柔軟に対応できる体制を作らなければならない

対応策7:「まち」は起業家的な体質を身につけなければならない

対応策8:「まち」はもっと民間部門を活用すべきである

対応策9:それぞれの「まち」がもつ文化・政策・リーダーシップの違いによって、そ  れぞれ独自の変化の過程を経る必要がある

対応策10:「まち」の開発を支え、開発スタート時の勢いを維持するために、組織的な カニズムをつくっておかねばならない

 

 →いわゆる行政として”地域政策”を展開するという従来の考え方ではなく、起業家的な発想が必要となるでしょう。そのようなコンセプトとして”Institutional Entrepreneur”、”Public Entrepreneur"という概念があります。

 

「まち」はその時々の選挙民のニーズを超越して、もっと広い視野を持って戦略的に「まち」の計画を立案しなければならない。戦略的市場計画は、「まち」の未来の開発を導く力となり、具体的な行動計画や提案を選別し、優先付けしてくれる。また、「まち」を変えようとする要求に対していちいち対応するのではなく、「まち」ができることを一歩一歩実現していかなければならない。

現実の政治を無視せよというわけではなく、政治的なニーズと市場の力とのバランスをとるべきであると言っているのである。

自分たちの資源・資産、機会、そして顧客を明らかにするべきである。「まち」は自分たちの潜在的な顧客のニーズ・認識・好み・購買意思決定のしくみを理解する必要がある。「まち」は自分たちの未来のシナリオを描き、競争優位を持った「まち」になる道筋を決めなければならない。(p.330)

 

→地域政策は現状のニーズに対応することが第一とされていますが、それでは将来への投資が十分にされない可能性が高いです。

将来の地域づくりを考えるためには、現在のステークホルダーの意見ばかり聞いていてはできないです。

  

「まち」の盛衰は、能力を持ち、やる気のある、満足した市民(労働者・教育者・独創者・起業家・経営者などからなる市民)を作り出せるかどうかにかかっている。人的な資源が、「まち」が競争に生き残っていくための持つとも重要な資源なのである。(p.331) 

 

→いくら優れた戦略があっても人を中心とした資源がなければ実行できません。

 

人々が毎日の生活で「まち」を評価するのは、「まち」のもつ大きなビジョンによってではなく、「まち」の毎日のサービスの質によってである。(p.332)  

 

→いくら立派で正しいビジョンでも、人々がメリットを感じられなければ人々はついてきません。

 

「まち」は、ごく少数の産業や企業に、その未来を託すわけにはいかない。技術革新によって産業の浮き沈みは激しく、企業はコスト優位を求めて国際的に移動していく。「まち」は、うまくバランスのとれた企業のポートフォリオを組み立てなければならない。(p.335) 

 

→地域のステークホルダーに対応していくと、どうしても既存産業の振興に力を入れがちになります。

ポートフォリオの構築のために、地域における将来の飯のたねとしての産業づくりができる体制が必要です。

 

異なった「まち」が、同じような方法で変化に適応し、同じような未来を描くことはあり得ない。「まち」は固有の歴史、文化、価値観、政府や民間機関、官民の意思決定とリーダーシップのしくみを持っている。(p.344 )

 

→従来の行政の考え方から逸脱した時、その取組みを正当化できるガバナンスが必要になります。

 

→当然、地域を”商品”として扱いマーケット概念を当てはめるという考えはよいのかという反論はあります。

 

 →本はアメリカの事例であり、ちょっと時代遅れの感もあります。本は絶版になっていますが、マーケティング・マネジメントの考え方は現在でも十分に通用する考え方です。

 

 

製造業VSサービス業ではなくデジタルVS非デジタルで考えてみる。

平成の30年間において日本の製造業は縮小している。欧米諸国も国内総生産における製造業の比率を大幅に下げています。また、1995年のWindows95の発売に代表されるようにITやインターネット産業などのサービス業が発展してきています。

そのため、先進諸国においては製造業はもはや重要な位置づけではないと言えます。

近年もGAFAに代表されるように、AIやディープラーニングなどの情報をもとにしたビジネスが大幅に拡大しております。

そのため、産業の主軸は製造業からサービス業にシフトしたと言えます。確かに、ペティ=クラークの法則でも、国や地域の経済発展につれて、産業構造が農業から工業、工業からサービス業に移行していくと言われています。

 

しかし、サービス業は広範な産業を包摂しており、サービス業の発展が経済発展を意味することに疑念を抱かざるを得ません。例えば、チェーン店などの飲食業や物販業、宿泊業、介護業などは決して付加価値の高い産業とは言えません。

 

なので、産業を製造業VSサービス業とし分けてみるのではなく、デジタル化VS非デジタル化と分けてみるともう少し違った世界が見えてくると思います。

例えば、同じサービス業でも、飲食業、物販業、介護業などに対し、AIやディープラーニングはこれからの産業として注目されています。

また、製造業でも例えば家電などの大量生産品は確かに付加価値を生むことが難しくなっていますが、IoTなど第4次産業革命としてデジタル化に関連する分野は成長産業として認識されています。

 

しかし、デジタル化が高付加価値化で、非デジタル化が低付加価値化というと話はそう単純ではないようです。例えば、デジタル化されたサービス業ではコールセンターやITゼネコンによるシステム開発は高い付加価値を生み出しているとは言えないが、非デジタルの飲食業、物販業、介護業、宿泊業でも、ホスピタリティ精神を極めたコンシェルジェサービスや、高いスキルを持った料理屋などはとても付加価値が高いと言えます。さらに、製造業においても、デジタル化を果たした製品としてスマートフォンやハイスペックな工作機械でも型落ちしたものはすぐ価値が下がってしまいます。一方、デジタル化を果たしていない製造業でも巧の技やノウハウを囲みこみ、ブランド化などで差別化を図ることで高付加価値を生むことができます。

 

以上みてきたように、製造業からサービス業への移行は経済の発展を意味するとは言い切れず、産業分類があまり意味を成すものではなくなってきているほど大きな変革を遂げている最中と言えます。

その時、デジタル化という軸を通して産業の推移を見てみると産業の発展がよくわかると思います。しかし、デジタル化が単純に産業の高付加価値化を示しているのではなく、ちょっと時代遅れになったり、だれでもまねできるようなものは大きな価値を得られないことがわかります。

要するに、デジタル化においても極端に最先端でハイテクなものでなければ価値は低いし、非デジタルでも決して市場は大きくないが、だれもまねできないような高スキルの領域であれば高付加価値なポジショニングを確保できると言えます。

 

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ヨーロッパのイノベーション首都2020にルーベン(ベルギー)が選定されました。

EUでは2014年からヨーロッパにおける先進的なイノベーションの取組みを行っている都市地域をi-capital(首都)として表彰しています。今年はベルギーのルーベンが選定され、100万ユーロを獲得しました

 

ルーベンはルーベンカトリック大学やIMECなどの学術・研究機関があり、科学技術の集積が見られます。しかし、それだけで評価されたわけではなく、イノベーションに市民を巻き込んだミッション・ドリブン・シティーをつくるガバナンスが評価されました。

 

今年の優秀都市地域として表彰された他の候補は、クルジュナポカ(ルーマニア)、エスポ―(フィンランド)、ヘルシボリ(スウェーデン)、バレンシア(スペイン)、ウィーン(オーストリア)で、10万ユーロを獲得しました。

 

i-capital(イノベーション首都)のコンセプトでは、オープンでダイナミックなイノベーションのエコシステム構築に貢献する、市民がガバナンスや意思決定に加える、イノベーションをレジリエントでサステイナビリティに結びつけることが基準となっています。

なので、ハイテク産業の中心地として○○バレーをつくる動きとは異なります。

 

イノベーションとは地域によって違いがあり、市場主義に基づくアメリカ型のイノベーション、中国や韓国などの東アジアに代表される国家型のイノベーション、市民参加を重視するヨーロッパ(北欧型)のイノベーションがあるとされています。

なので、このヨーロッパ・イノベーション首都もイノベーションシステムにおける市民の参加を重視しています。

 

日本はイノベーションといえばアメリカ型の破壊型のイノベーションによる新製品・新市場の創造をイメージすることが多いですがそれほどのダイナミズムはなく、中国や韓国ほどの強力な国家のイニシアチブを発揮できないという中途半端な状態と言えるかもしれません。

日本はヨーロッパと同様にそれほど高い経済成長は望めない成熟社会なので、やみくもに経済的効果を目指す破壊的イノベーションを目指すモデルより、文化や社会志向の高いイノベーションを目指すべきだと考えますが、ヨーロッパほど市民意識が高くないのでそれもなかなか難しいのかなと思います。

 

ちなみに、2014年から始まったヨーロッパ・イノベーション首都ですが、受賞地域は以下の通りです。

2014年 バルセロナ(スペイン)

2016年 アムステルダム(オランダ)

2017年 パリ(フランス)

2018年 アテネギリシア

2019年 ナント(フランス)

 

 

地域政策において場所性を考慮すること(場所基盤)の必要性

地域とは当然、千差万別であり、一つの政策がすべての地域に適用可能なわけではない(One size does not fit all)という議論は以前からされています。

特にこの考え方はイノベーション政策に顕著であり、地域のポテンシャルが違うので、政策もそれに合わせて異なるものであるという考え方です。

しかし、現実は中央政府の画一的な政策を地域は実施するというスタンスで取り組まれてきました。

それに対して、現在、EUの政策として、スマート・スペシャルゼーションという政策が取り組まれてきており、地域の特性に合った政策が模索されています。

 

地域にとって、場所に根差した政策は当然のようですが、これは地域独自の政策立案・運営能力が問われるわけで、画一的な中央政府の政策を実施するより難しいことと言えます。

しかし、日本でもこの考え方は重要であり、今後の地域政策では場所性を考慮することは当然となってくることが予想されます。

そこで、オーストラリア、フィンランド、イギリス、チェコの研究者が集合し、場所に根差した地域政策の必要性について冊子をまとめたものを以下に紹介したいと思います。

 

この8月にRegional Studies Policy Impact Booksとして

Every place matters: towards effective place-based policy

が公表されました。

長野県飯田市の「おひさま」自然発電所の取り組みも紹介されています。

 

著者の一人である、フィンランドタンペレ大学のソタラウタ教授の了解を得て、要約の日本語訳版を以下に紹介します。

 

<要約>

この政策研究冊子を通じて、私たちは、公共政策の一形態として、また政府が利用できる可能性のある一連の手段の一つとして、場所に根差した(場所基盤)政策を検討してきた。場所に根差した政策は、都市、ローカル、地域に焦点を当てているが、それは、すでに確立された政府の活動プログラムをラベル化として示すものではなく、特定の場所で公共部門の資源を集中させ活用させることが重要であることを示すものである。

 

場所に根ざした政策は、

それぞれの都市、地域、農村地域の文脈が幸福度を高める機会を提供していることを認め、経済と社会の発展に関する観念とアプローチを体現したものである。それは、それぞれのニーズに合わせた開発アプローチを提唱するものである。

 

重要なことは、場所に根ざした政策は、大きさに関係なく地域のすべての部分の開発を明確に求めていることである。場所に根ざした政策は、イノベーションに焦点を当てたプロアクティブなものであると同時に、経済的混乱に対応するために使用される場合には、リアクティブなものでもある。政策手段として、これらの政策は、空間性を考慮しない政策設定と比較すると、政府の役割や現代経済のダイナミクスに関する異なる哲学が見えてくる。

 

場所に根ざした政策は、政府の排他的な領域ではなく、大学を含む他のアクターが、そのような政策の利用に貢献し、利害関係者となっている。場所に根ざした政策は、多くの場合、政策の一部として適用されている。


場所に根差した政策とは、
・多くの場合、政府が懸念する問題に対処することを目的とした一連の施策の一部として適用される。
・人間の状態を改善し、危険にさらされている個人やコミュニティの幸福度を向上させることを目的としている。
既得権益や競合する管轄区域が場所に基づく政策課題を多様な方法で解釈するため、計画や行動が重なり合うことに苦慮する可能性がある。
・その適用は国境を越えたものであり、国や政府の制度を超えて表現されている。
・経済や経済パフォーマンスの問題に限定されるものではなく、公衆衛生や社会サービスの提供を含む多くの政策領域で、場所に根差した政策を見出すことができる。

 

場所に根ざした政策をよりよく理解するために、これらの政策を支え、形成している政府のプロセスを調査し、成功や失敗につながる可能性の高い要因を明らかにした。


この政策研究冊子では、場所に根ざした政策の 5 つのケーススタディに注目している。これらの事例は、場所に根ざしたアプローチが世界的に広く普及していることと、公共政策の様々な課題に適用できることの両方を示している。これらのケーススタディはまた、その規模や戦略的意図も大きく異なっていた。飯田市(日本)で実施され発電に関する政策、ノバスコシア州(カナダ)の海洋イノベーション政策では守りの戦略として実施され、後者では漁業資源と生計を保護し、前者では都市の人口を保護していた。対照的に、サウスモラヴィアチェコ)とスウェーデンフィンランドの場所に根ざした政策は、より攻めの戦略であった。

 

イノベーションと経済成長を推進するために地域の能力を動員するというものである。政策の発端にはかなりのばらつきがあった。飯田市では、日本の地方自治体がイノベーションの主な触媒となった。ギップスランド(オーストラリア・ビクトリア州)やサウスモラヴィア州では、州政府や地域政府(またはその半自治政府)が政策の実験プロセスを主導し、スウェーデンの「ダイナミック・イノベーション・システムによる地域成長」(VINNVAXT)やフィンランドの「センター・オブ・エクセレンス(CoE)」プログラムは、各国政府の野心や推進力を反映したものであり、目標達成のために「トップダウン」と「ボトムアップ」の両方のプロセスを利用しようとする意欲を反映したものである。

 

これらのケーススタディは、場所に根ざした政策の多様性を示しているが、いくつかの共通点もある。その一つは、政府を越えて、より広いコミュニティと連携して活動することの重要性である。サウスモラヴィア、ギップスランド、フィンランドスウェーデンでは、政府の階層を超えた連携と様々な組織の連携が政策設計の中心的な要素であり、日本とスウェーデンでは、市民社会組織と民間セクターの投資決定がプログラムの目的を達成する上で重要な要素であった。

 

最後に、日本における持続可能なエネルギーへの転換と人口レベルの向上、フィンランドにおける国際的に競争力のある産業、ギプスランドのラトローブ・バレーにおける労働者の継続的な雇用などを通し、成功とはどのようなものかを理解することが、それぞれの場所に根ざした政策を定義する上で非常に重要であった。

 

より広いレベルでは、これらのケーススタディは、異なる政府の制度、多様な資金源、多様な目的と目的、そして独特の文化的文脈や経済システムなど、様々な状況下で、場所に根ざした政策が成功する可能性があるという事実を浮き彫りにした。私たちは、場所に根ざした政策が目標を達成できるかどうかを決めるのは、その実施プロセスであると結論づけた。

 

場所に根ざした政策
それを実現するためには、質の高い政策設定とプログラム設計能力だけではなく、その性質、期間、協力的なアプローチが重要である。

 

場所に根ざした政策を成功させるためには、大きな障害があることは否定できないが、現代のグローバル経済の多くの部分では、代替案がない。LSEのロドリゲス=ポーズ教授が観察したように、空間的に考慮のない政策はあまりにも多くの場所を置き去りにし、政治的・経済的な不確実性をもたらしている。唯一の解決策は、すべての地域、都市、産業、コミュニティが潜在能力を発揮できるようにするための、場所に根ざした政策を実施することである。

中国の台頭としてBATHについて詳しく分かる動画集

前期の主に1年生を対象とした共通教育「地理学入門」の1コマで「中国の台頭」について取り上げました。

大学生の中国観は意外と古臭く、「日本より遅れているのでは」「パクリ品が多い」などのイメージが多かったです。そこで、バイドゥ、アリババ、ティンセント、ファーウェイ (BATH)を紹介する動画(CNBC制作)を見るように指示しました。

視聴後の感想としては「こんなに中国の技術が進んでいるとは思わなかった」「日本より先進的だ」「こんなオフィスで働いてみたい」「日本負けている」などのような意見が多かったです。

ファーウェイをはじめBATHについて見かけることが多くなりましたが、意外に知らないことが多いですね。

米中の技術戦争により中国のハイテク企業が今後どうなるかわかりませんが、これら動画を見ることで、中国観をアップデートすることができます。

 

バイドゥとは何か(3分58秒)

 

バイドゥ本社ビル(3分18秒)

 

アリババとは何か(4分5秒)

 

アリババ本社ビル(6分18秒)


ティンセント 本社ビル(3分27秒)


ファーウェイとは何か(6分55秒)


ファーウェイ新キャンパス(4分26秒)

 

コロナ禍において大学生はプライバシーをとても重要視している

現在のコロナ禍において、感染者を増やさないことと、経済を回すことの両立が求められています。また 、緊急事態宣言などのような強制力をもって人々の行動を制限することが難しくなってきています。そこで、前期の授業で大学生にアンケートを取り、大学生の価値観について調査してみました。 (回答数263名)

 

Q1-1、健康・命(コロナ)のためならプライバシーを犠牲にしても良いという回答が48%で、プライバシーの方が重要という回答が52%でした。 僅差ではあるが、コロナにおいてもプライバシーが重要という考えが強かったです。

Q1-2、安全・治安のためならプライバシーを犠牲にしても良いという回答が37%で、プライバシーの方が重要だという回答が63%でした。国が安全・治安のために個人データを囲い込むという考えにはあまり賛同がありませんでした。

Q1-3、健康・命(コロナ)のためなら経済を犠牲にしても良いという回答が62%で、経済の方が重要だという回答が38%でした。現在、経済を回すためにGo toトラベルキャンペーンなど行われていますが、大学に来れないなどの行動制限を受けている大学生にとっては、コロナをしっかり抑えるべきだという意識が比較的強かったです。

日本においては、韓国や中国のように個人データを捕捉して、個人の行動を監視し感染者を抑えるという方法をとることは技術の問題だけでなく、個人の信条として難しいと言えます。

現在のコロナ渦は、「個人の権利(プライバシー)」と「医療・生命」と「経済」の3つのバランス(優先順位)をとる非常に難しい局面にあると言えます。

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Q2-1、キャッシュレス決済については73%が肯定派でした。

Q2-2、キャッシュレス決済などでは企業に個人情報が蓄積されていますが、それについては55%が個人情報を活用されるのは構わないとの認識でした。

Q2-3、マイナンバーカードなどで国が個人の情報を活用するのは構わないとの回答は49%であり、半々と意見が分かれました。

Q2-4、経済のためなら個人のプライバシーを犠牲にしても良いという回答は22%と少なかったです。キャッシュレス決済のポイントなどの現状の使い勝手については肯定していましたが、いろいろ便利になろうとも、国などが個人のプライバシーは犠牲にしてはいけないという意識が強かったです。

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調査結果全体を見ると、大学生は個人の権利(プライバシー)をとても重視していることが窺えます。それ自体は決して悪いことではなく、これは戦後の民主教育で最も重視してきた価値観なのかもしれません。

ただ、個人の権利(プライバシー)を重視することが、本当に民主的なのでしょうか?行き過ぎた民権の主張は公共の構築を難しくするかもしれません。過度のプライバシーの重視は、中国のようなビックデータによる新たなサービス産業の創造を難しくするだろうし、マイナンバーが普及しないことは行政サービスのイノベーションを阻害する可能性もあります。

 

『イノベーションの空間論』の出版にあたって

『イノベーションの空間論』はネットではもう発売になっておりますが、本の奥付では4月3日が発行日となっております。そこで拙著の出版に際し、執筆の動機、目的について以下に簡単に述べたいと思います。

 

21世紀において、国や地域が繁栄していくためには、国や地域に立地する企業が新製品や新技術などを開発し、イノベーションを起こして競争力を確保していくことが重要です。
しかし、イノベーションは、世界空間のあちらこちらで生まれているわけではありません。

イノベーティブなものやサービス、それらをもとにした新産業は、米国のシリコンバレーやボストン、イギリスのケンブリッジや中国の北京・中関村、深圳、インドのバンガロールイスラエルのテルアビブなど特定の地域で偏在して起きています。
つまり、イノベーションを創出する企業や技能労働者の居場所は局地化しています。そのような地域には、企業が技術などの新しい知識を獲得・開発・活用できる制度や環境が整備されています。

インターネットや高速交通技術等の発展により世界はフラット化したと言われますが、イノベーションの地域的偏在を見ると地理や距離といった物理的空間も引き続き重要であると言えます。

 

日本を活性化させるためには、イノベーションを起こすことが必要だと考えてきました。
日本においても、シリコンバレーのようなハイテクをもとにした新産業の揺籃地とでも呼ぶような地域の構築を目指した取組みが行われてきました。

例えば、筑波研究学園都市けいはんな学研都市のような国や企業の研究所の集積地が形成されると同時に、全国にテクノポリス計画 やクラスター計画が展開されてきました。

その他の地域では大学などの学術機関にある優れた技術シーズを活用して地域にてイノベーションを創出することが期待されています。


しかし、日本にシリコンバレーのようなハイテククラスターの創出は確認できていません。なかなか大きな成果が出ない中で、地域によっては「どうせ地域でイノベーションを起こすことは無理だろう」というようなイノベーションの取組みに対して一種の“疲れ”のような感じが出できています。

では、なぜ日本においてイノベーションが次々と生まれるような地域が生れていないのか、その要因を検討するためにもイノベーションの創出における空間的要素について考察することが必要だと考えます。

 

イノベーションの創出おいて、地域という空間が重要な役割を果たしています。イノベーションは、一人で起こすことはできず、他の研究者や事業者・企業家などと連携する必要があります。

その連携関係を構築するには信頼関係が必要であり、つながりなどの社会的関係が豊かな地域の方が、関係が構築しやすいとされています。イノベーションは、文脈(Context) のない無味無臭な空間で起きるのではなく、様々な人々の関係が行き交う文脈が織り交ざった特定の空間で起きています。
地域は、立地する企業や大学などの諸組織がイノベーション活動を空間的・機能的に統合する場所として重要な役割を担っています。
企業から見て、イノベーションは、企業内部の資源だけではなく様々な外部組織と関係を構築することが必要であり、イノベーション活動が一企業内から企業の外部環境としての公的な空間へと広がっています。

つまり、企業のイノベーション創出活動では、企業の経営資源経営判断が重要であることに変わりはありませんが、企業の外部性が重要になっていると言えます。

企業がイノベーションのために、どのような立地を選択するか、企業の外部環境をどのように活用していくかが重要となっています。

 

イノベーションと地域の関係については以前から多くの議論がされてきていますが、それらを見ると2つの視点があることがわかります。

第一が主に地理学で議論されている地域の活性化や地域振興におけるイノベーションの役割や、イノベーションの局地的発生における地域についての視点としての「地域におけるイノベーション(Innovation in region)」です。

第二がイノベーションの創出における地域や場所の機能・役割などに関する視点としての「イノベーションにおける地域(Region in Innovation)」です。イノベーション・マネジメント論では直接的にイノベーションに関する空間や場所についての議論は少ないですが、知識マネジメント論では知識創造のためには環境や制度が重要な役割を果たしていると言えます。

 

それらの議論は共通の土俵に乗ることなく交錯しています。

しかし、両者は無関係ということではなく、相互の知見を融合させることはイノベーションにおける空間に関する理解を深化させることにつながります。

そこで、イノベーションと空間に関する議論の整理を行う上で、地域におけるイノベーション創出の取組みについて詳細に検討し、イノベーション創出のための空間について考察していくことが必要と考えます。

 

拙著では、イノベーションを知識の創造とその学習活動の連鎖と捉え、イノベーションの創出においては知識創造を促進させる場所という具体的な物理的空間が必要としています。

そしてイノベーションは1人では出来ず、企業、行政・機関の研究者や事業者などと連携する必要があります。そのような連携がどのようにして生まれるのか、地方圏を中心に様々なタイプの事例を掲げてイノベーションの空間性を分析し、イノベーション空間の創出に向けた環境整備を提言しています。

 

よって、拙著『イノベーションの空間論』は、イノベーション・マネジメント論、経済地理学、地域政策論などの専門家のみならず、政府・地方自治体の産業政策・イノベーション政策担当者、イノベーションプロジェクトに従事している研究者、エンジニア、マネージャー、およびイノベーション、地域創生、地域イノベーションなどに関心のある方にご一読していただければと思います。

 

野澤一博(2020)『イノベーションの空間論』序章 一部改筆

改めて、いま必要なのはテクノロジーイノベーションである。

日本ではイノベーションは技術革新を訳されてきて、それがイノベーションに対する誤解を生んだと言われています。確かに、イノベーションは技術革新だけを指すものではありません。技術に由来しないビジネスモデルや制度や社会的なイノベーションもあります。

 

しかし、いまイノベーションとして一番求められているのは技術革新つまりテクノロジーイノベーションです。それは、現在が第4次産業革命という時代の変革の真っ最中であるからです。IT技術による第3次産業革命が20年くらいに前に指摘されていてそれから間もないのに第4次産業革命という呼称が適切かどうかは議論の余地がありますが、AI、ブロックチェーン、5G、IoTなどとデジタル技術により経済・社会で大きな変化が訪れていることは間違いないです。

 

今後、日本が経済的に比較的豊かな国であるためにはこの第4次産業革命に適応することが必要となります。しかし、日本においてはコンピュータ科学の人材や企業が少ないという問題を抱えています。Windows95が発売されていたころから指摘されていたことですが、日本の総合国立大学にはほとんど農学部系(最近では生命科学部などの名称を変えているところも多いですが)がありますが、コンピュータ科学部はほとんどありません(工学部の一部の情報工学科という形であることが多いです)。日本は25年にわたって、GDPの1.2%しか占めない農林水産業向け人材育成は比較的手厚く行ってきましたが、これからの産業の核であるコンピュータ科学(デジタル技術)関連の人材育成をほとんど重視してこなかったと言えます。

 

2010年ころまでは日本には技術はあると言われてきましたが、それは従来のものづくり加工技術に関して蓄積がありましたが、デジタル技術に関して特に強みはなかったと言えます。19世紀の終わりのイギリスでも綿織物織機の技術や蒸気機関の技術は優れていましたが、化学繊維の技術やディーゼル機関の技術に優れていたわけではありませんでした。なので、19世紀末のイギリスも技術力はあったと言えます。しかし、その技術は従来型産業分野の技術であり、新しいトレンドにおける技術ではなかったと言えます。日本も技術力があるというのも同じ状況を指していると言えます。

 

米国のGAFAや中国のBATHなどの企業の台頭に日本は全く太刀打ちができないというのが現状です。つまり、コンピュータ科学・デジタル技術力では大きく後れを取っているのが現状です。しかし、デジタルトランスフォーメーションにおいて社会変革を起こしていくためにはコンピュータ科学・デジタル技術力がとても重要となります。つまり、コンピュータ科学・デジタル技術力をベースにしたテクノロジーイノベーションの成否が日本を左右すると言えます。

 

日本は技術立国だとか、先進国だとかいうレッテルは過去の実績に基づくもので、現在の我々への称号ではないです。意味のない過去の栄光にしがみつくのではなく、日本にアドバンテージがあると思うのではなく、諸外国から無心に謙虚に貪欲に学んでいくことが必要だと思います。

 

 

この激動の社会における学習について考える。

私の勤務している大学では4月8日から授業が開始される予定ですが、従来通りの内容(コンテンツ)で教えることが、学生にとって本当に意味があるものかどうか逡巡しています(当然、時代の変化にかかわらず変わらぬ価値のある科目もあると思いますが)。

 

特に、コロナ後の世界は、政治、経済、社会について大きく変化することが想定されていますので、それに関連する社会科学は今まで常識として教えていたことが通用しなくなっていくでしょう。

 

山口周氏は著書『ニュータイプの時代』の中で、

「VUCA化する世界において経験の価値はどんどん目減りしていくことになります。そのような世界にあって「経験・知識の量」と「意思決定の権限」を相関させヒッポ(一番給料の高い人の意見に従うよう)なシステムを採用するオールドタイプの意思決定スタイルを継続していくことは、きわめてリスクが大きいと言わざるを得ません」(p .325)と述べています。

これからは、山口氏が主張していた経験の無価値化が今回のパンデミックによる圧倒的な社会変化によって確実かつ急速にもたらされると言えます。

 

今までの経験などから導かれたモデル、パターンが価値がなくなっていくことでしょう。さらに、今までの知識が逆にバイアスとなって新しい社会を見通す障害になる可能性がります

 

そのため、我々は今までの経験や場合によっては学んだ知識をリセットし、ゼロベースで考えていかなければならないでしょう。しかも、迅速に試行錯誤しながら学習していくことが必要と言えます。

 

ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式

ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式

  • 作者:山口 周
  • 発売日: 2019/07/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

[読書レビュー]知識経済における地政学について考える

『Geopolitics of the Knowledge-based Economy』はフィンランドヘルシンキ大学地理学部のサミ・モイシオ教授の著書であり、2019年にRegional Study Associationの著作賞を受賞した本である。

 

知識経済を地政学の視点で論じるにあたり、2つのアプローチが考えられる。第一が国際政治における激しい覇権争いの中の1つのテーマとして知識経済を取り扱うものであり、第二がイノベーションなどの地域間競争が地政学の枠組みに拡大されて分析されるものである。本書は著者が経済地理学者と言うこともあり、後者のアプローチである。

 

モイシオはポーターのクラスター論、フロリダのクリエイティブクラス論、ラーニング地域論、カマーニのイノベーティブ・ミリュー論などをもとに知識経済における地政学を論じている。

 

地域間では国際的な激しい競争が行われている。それは生産を中心とした産業経済ではなく、イノベーションや学習を中心とした知識経済における競争である。

その競争の中心は都市地域である。知識経済は、グローバルネットワークにおいて都市地域と言う単位が重要であることを示している。それ自体はスコットのグローバル都市地域の議論に通じる。

そして、その地域間の激しい競争は、国家が退場したのではなく、国家は引き続き重要な役割を果たしている。

 

世界には優れたスタートアップ企業や知的インフラとしての大学等があるスーパースター都市がいくつかある。彼は、ヘルシンキにあるアールト大学、美術館(グッゲンハイム美術館ヘルシンキ)を紹介し、それが文化的意義より経済的意義に重点がおかれていることを示している。

そして、スーパースター都市では、クローバル化により脱領域化されていると同時に、活動が集合化されて再領域化されているという矛盾している現象が見られるとしている。

 

また、 知識経済における都市地域にはテリトリーとしての空間とテリトリーを越えた関係性の空間の両方があり、イノベーションのなどの知的創造活動においては都市地域が活動の結節点となっている。

 

本書は、いくつかの事例を扱ってはいるが、実証論というよりクラスター論やイノベーティブ地域論に地政学的視点を加えるという新たなフレームワークを提示したものであり、理論中心であると言える。

 

日本に対する示唆としては、知識経済社会を形成するにあたり大学が重要な役割を果たしており、その大学の補助金を減らして機能を強化していない現状に対する反証となるものである。また、地域政策としてクラスター論や地域イノベーションが展開さているが、それは地政学的に見たら知識経済における国の拠点として有効なことを示している。

そのことは、私が『イノベーションの空間論』の示した”イノベーションにおける地域”(region in innovation)の議論に通じるところがある。