今まで地域イノベーション について、いろいろと記事を書いてきました。今回はそれらを取りまとめて、地域イノベーション について概括 していきたいと思います。
《目次》
地域イノベーション という言葉をよく聞きますが、それが指す言葉の意味が曖昧です。「地域」という言葉も「イノベーション 」という言葉も定義されていないことが混乱を巻き起こしている要因と考えられます。
地域 とは、地域ガバナンスの空間スケールとして広域圏や県などのサブナショナルやローカルやコミュニティー レベルというものがあります。
同時に、イノベーション とは、成果が財貨かサービスか方法か、イノベーション のインパク トとして革新的(ラディカル)-漸進的(インクリメンタル)なものか、イノベーション のセクターとして科学技術型やデザイン型、アート型、ビジネス型か、また経済的なものか社会的なものかなど様々なイノベーション の種類があります。
つまり、地域イノベーション とは、「地域」という語の多義性と「イノベーション 」という語の多義性が掛け合わされたものであるので、明確には定義づけられていないのが現状です。
しかし、様々な議論や事例から共通項を抽出して地域イノベーション を定義づけてみると、「地域において、地域の人や機関が主体となって、地域の資源を活用して開発した革新的なものやサービス」 ということができます。
→(ブログ)地域イノベーションって何なのか? - 地域戦略ラボ
<地域イノベーション のタイプ・類型>
先述したように、地域もイノベーション も多義的なため地域イノベーション は多様と言えます。そこで地域イノベーション の取組みを俯瞰してみますと、地域イノベーション は大きく4つに分類できます(一つについてはさらに2つにわけることができます)。
第1は、技術基盤構築型の地域イノベーション です。この地域イノベーション は、研究能力の高い大学を中心とし、地域内および地域内外の産学官 の組織が連携し、技術基盤を成長のエンジンと位置づけて行う取組みです。
このタイプは、技術の特性によりハイテク型とローテク型に分けられます。
ハイテク型 は先端科学技術を活用した地域イノベーション であり、ラディカル(革新的)なイノベーション の創生を目指す取組みであり、国のナショナル・イノベーション ・システム の一部を構成するものです。
代表例としてシリコンバレー が挙げられます。政府の地域イノベーション 政策の多くはハイテク型の地域イノベーション の創出を目標としています。科学技術型のハイテクイノベーション は国際的な競争が激しく、一般的に多額の研究開発費を必要 とします。
ローテク型 は、技術基盤構築型であるが技術の応用分野が必ずしも先端分野ではない地域イノベーション です。
ローカル地域ではハイテクでないイノベーション の実現性が高いです。特にものづくり系、食品・農林水産系 のイノベーション はこのカテゴリーに入り、改善型のイノベーション である場合が多いです。
第2に、特定の地域や場所における先導的テストベッド またはリビングラボ としての地域イノベーション の活動です。
スマートシティ や高齢化社会 への対応などの社会課題 を解決するためには様々な技術や知識の創造・融合が必要であり、研究開発を社会実装に結びつけるために都市・地域の内外の機関が産学官 によりオープン・イノベーション に取り組んでいます。
しかし、必ずしも地域内で生産活動の価値連鎖が埋め込まれるとは限らないという課題があります。
第3に、社会イノベーション の取組みがあげられます。最近は経済的利益 や経済成長を追求する取組みより社会的改善を目指す取組みへの関心が高まっているおり、近年、地域の社会課題解決のための社会イノベーション が注目されています。
第4に、地域内の組織を中心に関係を構築し、地域の資源を活用した内発的に創出された地域活性型 のイノベーション があります。
各地で取り上げられている地域イノベーション の取組みを見ると、ちょっとした改善・改良でも革新的(イノベーティブ)と銘打っています。これらは、地域活性化 の取組みの当代的表現として地域イノベーション と称しているもの、つまり政治的・政策的タームとしての地域イノベーション と言えます。
→(ブログ)地域イノベーションを5つに類型化してみました。 - 地域戦略ラボ
<地域イノベーション ・システムの構成>
従来、イノベーション は、企業内で起こされるものと捉えられてきましたが、現在では、企業単体ではなく他企業とのアライアンスや大学や公設試験研究機関との連携など企業外とのネットワークの中で起きるものであると捉えられるようになってきています。
つまり、イノベーション 創出のためには制度的環境 が重要になってきています。
地域イノベーション ・システム は、地域の生産構造におけるイノベーション をサポートする制度的インフラと解釈することができます。
そのような地域イノベーション ・システムの構成要素は下図のような構造となっていります。
活動の中心として地域の産業企業群を囲う顧客、下請業者、協力企業、競争企業からなるクラスタ ーがあり、知識の適用・活用のサブシステム として位置づけられています。
そして、それを支える技術仲介機関や教育機関 などの知識の創造・普及のサブシステム と、行政や地域開発会社による地域政策のサブシステム の3部分により地域イノベーション ・システムが構成されています。
そして、それらサブシステム間では政策などを介して知識、資源、人的資本のフロー及び相互作用が生じています。
同時に、地域イノベーション ・システムは国のイノベーション ・システムや国際的な諸組織・政策の影響を受けています。
そして、現在、世界各地でイノベーション を生むための空間的制度としてのイノベーション ・システムの構築競争が行われています。
地域イノベーション ・システムの主要構造(資料)Autio(1998),Tödtling and Trippl(2005)
→(ブログ)地域イノベーション・システムの構成要素 - 地域戦略ラボ
→(ブログ)地域イノベーションにおける経路依存と経路棄却 - 地域戦略ラボ
1992年のクック(Cooke)の論文を嚆矢として、地域イノベーション に関する研究が盛んになっていきました。
地域イノベーション ・システム という言葉は1990年内半 ばごろからみられている用語です。
最近、学術誌 Regional Studies で地域イノベーション ・システムのコンセプトが提唱されてからの約25年の間に研究がどのように変化しているかをサーベイ した論文が発表されました。
Cristina Fernandes , Luís Farinha , João J. Ferreira , Björn Asheim & Roel Rutten (2020)
→(論文)Regi onal innovation systems: what can we learn from 25 years of scientific achievements?
そこでは引用度の高い論文64本の共著関係から、地域イノベーション の研究分野領域として、地域知識システム 、地域制度システム 、地域研究開発システム 、地域ネットワークシステム の研究クラスタ ーがあると認識されています。
<アーバンイノベーション ・システム>
最近、地域イノベーション の議論は、地域という漠然とした空間から都市 に焦点が移っています。元々、都市は多様なアクターによる異種受粉効果が働くため、創造性が高く、イノベーション が起きやすいとされてきました。
ITおよびデジタル技術は現代において発展著しい汎用技術であり、都市はITおよびデジタル技術開発のための場となっています。自動運転などのモビリティ技術や、エネルギーシステム、防犯・監視システム、電子決済システムなど、デジタル技術により新たなサービスが開発されています。
それらはスマートシティー における中核的な取組みです。それらのサービスは、試験的に社会で実際に使いながら改良を図る形で開発されています。そのような試験的に開発が行われる場をリビングラボ と言います。それらを総称して、アーバンイノベーション と呼称されます。
また、都市では様々なデータが収集され始めているため、AIなどを使用し、それらデータの分析が行われています。これはアーバンデータサーエンス として新たな研究のフィールドが広がっていることを意味します。そして、スマートシティをイノベーション システムと捉える ことも可能です。
<地域イノベーション ・システムの進化>
(1)システムからエコシステムへ 近年、地域イノベーション システムの議論は、イノベーション の創出には地域の持つ文化や風土が大きく影響しているという観点により、工学的な視点であるシステム論から生態論的なエコシステム論に推移しています。
シリコンバレー は、人々、企業そして制度と、それらのネットワークとさまざまな相互作用から成り立っている自然の生息地であり、それは複雑で、流動的な、相互依存関係なため生態学 的で真似しにくい点が特徴です。
イノベーション のエコシステムの特徴として、企業の協働的関係性の構築しやすさがあります。同時に、ITやデジタル技術などでその関係性の構築は容易になっているとしている。
イノベーション ・エコシステムは、個人や事業などの活動者(actors)と活動(activities)と製品や技術など(artifacts)で構成される進化系です。
また、エコシステムでは技術などの知識創造活動 が盛んである点の他に、起業活動 が盛んである点が挙げられれます。
新たなベンチャー企業 の創出とそれらの企業の創出を支援するベンチャー ・キャピタル やアクセレレーター が重要な役割を果たしています。
(2)3重らせん構造モデルから4重らせん構造モデルへ イノベーション の創出を促進させるためには、多様な組織との結びつきによる新たな知の創造が求められています。
その代表的モデルとして企業、大学や研究機関、自治 体などの行政機関の3つの組織が相互に影響を与え合いながら共に進化していく制度的枠組みが必要であり、エツコウィッツはそのような産学官 の連携の仕組みを3重らせんモデル(Triple Helix) としていっます(Etzkowitz and Leydesdorff, 1995)。
しかし、従来の3重らせんモデルでは産業界のニーズにあった産学官連携 が図られることが多く、大学の行き過ぎた商業化や社会的格差が放置されることもあります。
また、スマートシティにおけるリビングラボで市民の役割がイノベーション の創出において重要となっているため、最近ではイノベーション のプレイヤーとして産業・学術・行政のほかに市民や非営利団体 などを含めた 4重らせん構造(Quadruple Helix) の重要性が指摘されています。
→(ブログ)地域イノベーション”に関する研究はどのような状況ですか? - 地域戦略ラボ
→(ブログ)地域イノベーションに関連するいろいろなコンセプト[研究メモ] - 地域戦略ラボ
▼神戸モデル
神戸市では1995年の阪神大震災 後の地域の産業創造として、医療産業にターゲットを絞り産業振興を図っていきました。ポートアイランド を中心に病院や研究機関などの集積が見られます。神戸は地域イノベーション ・システムの事例としてよく取り上げられています。しかし、国際的に有名な中核となる機関・企業がなく、競争力のある産業にはまだ育っていないのが現状と言えます。
▼福岡モデル
福岡市では起業促進をテーマに、内閣府 の国家戦略特区を活用し地域活性化 を図って最近注目を集めています。福岡市および九州において半導体 の産業集積は見られますが、福岡県では経産省 や文科省 のクラスタ ー政策では半導体 開発をテーマにイノベーション の創出を図っていました。現在の起業促進の取組みと半導体 開発促進は直接的な関係はありません。
▼鶴岡モデル(山形県 )
2001年に慶応大学先端生命科学 研究所が進出してから、2003年に「ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ 」が設立され、2013年12月に東証マザーズ 市場に上場しました。その後も、人工クモ糸繊維の量産化技術を確立した「Spiber」(2007年)、唾液からがんなどの疾患を検査する技術を開発した「サリバテック」(2013年)、独自のバイオ医薬品開発プラットフォームを有している「MOLCURE」(2013年)、人の便から腸内細菌の遺伝子情報を分析する「メタジェン」(2015年)、移植用の心臓組織の製造する「メトセラ 」(2016年)と6つのバイオベンチャー が生まれ注目されています。鶴岡の取組みは「鶴岡の奇跡 」と呼ばれています。
▼豊岡モデル(兵庫県 )
豊岡市 では、野生コウノトリ の人工繁殖に取り組んできた地域であり、コウノトリ を育む環境にやさしい農法を活用した稲作が行われています。それを契機として自然共生社会として持続可能な地域社会の構築を目指し、コウノトリ ツーリズムや、自然エネルギー の利用の促進、環境型の企業の集積を目指す取組みが行われています。ローテク型のローカルイノベーション の取組みと言えるでしょう。
→(ブログ)ローカル・イノベーションに関する論考が公表されました。 - 地域戦略ラボ
→(ブログ)地域活性化のためのイノベーション:ローカル企業と公設試による骨まで食べられる魚干物の開発 - 地域戦略ラボ
(科学技術型の)地域イノベーション の課題として、 (1)イノベーション のインパク トおよび地域への波及
(2)イノベーション の領域とマネジメント が考えられます。
(1)イノベーション のインパク トおよび地域への波及
各地で公的支援 をうけながら新しい製品を生み出している事例がいくつか見られます。しかし、大きなインパク トを残しているとは言い難い状況です。その要因として、5点が考えられます。
第1は、ハイテクであれば革新的なイノベーション であるとは限らないのと同様に、学術的価値が高いからと言ってそこから生み出される経済的価値が高いとは限らない 点が挙げられます。
イノベーション の取組みにおける応用分野が成熟産業であると、市場の成長性が高いとは言えず、そのためイノベーション は改善(漸進)的なものになる可能性が高いです。
第2は、地域イノベーション の波及は国の産業システムに依存する ということが考えられます。
多くのイノベーション とは社会を一変させるようなラディカルなものではなく、改善的(漸進的)なイノベーション では産業システムを変革させるほどのインパク トはありません。国の産業システムが成熟化しており、既存産業の成長性が低ければ、そこで創造されたイノベーション のインパク トも弱いと言えます。
第3は、イノベーション のネットワーク拠点における卓越性の未確立な点 が指摘できます。
研究開発の拠点はイノベーション のためのネットワーク拠点としての卓越性を構築して国際的に認識されている状況にはなっていない例が多いです。
第4は、研究テーマは成果の上げやすいものに走りがちとなり、イノベーション 政策と言いながらも現実的には、不確実性の高いイノベーション にはチャレンジしにくい 状況となっています。
大学などが助成を受けている研究開発事業の多くは、近年、短期間で実用化という成果を求められて。そのため、その成果が出やすいプロジェクトを行う傾向が強くなります。
第5に、イノベーション と地域経済との連鎖 が課題として挙げられます。
地域大学と地域内企業が連携して共同研究を行い、その成果が商品化されたとしても、地域で受け皿となる企業がなければ地域内での売り上げや雇用などの経済効果は限定的となります。
(2)イノベーション の領域とマネジメント 地域イノベーション は、シーズの開発からその実用化に至る研究開発から生産まで一つの地域で一貫して行われているのではなく、地域内組織で行われるフェーズもあれば地域外組織を中心に行われるフェーズもあり、様々な地域(場所)で空間的に分業して 行われます。
地域イノベーション は、地域内の産学官 組織の連携のみならず、地域外の企業が関与することにより加速されています 。
その結果、地域イノベーション の政策を展開する行政の領域とイノベーション 活動の領域が異なっています。
地域イノベーション は地域の主体的な関与 があって成功します。
しかし、自治 体が地域内での成果に固執 しすぎると、イノベーション で必要な機能や技術を持った地域外企業を排除する可能性があります。
また、地域外企業の参加は、イノベーション の加速要素ですが、同時にイノベーション の成果が地域外へ漏出する 原因にもなりえます。
そこに地域イノベーション における活動と行政の領域性におけるジレンマがあります。
また、地域を行政的領域として捉えると、そのイノベーション 活動は、場合によっては地域内での関係構築が優先され、地域の既得権者を中心とした設計がなされ、地域振興は既存資源の活用に拘った縮小均衡 的な動き がとられることがあります。
その結果、マンネリ化つまり負の固定化(ロックイン) に陥ってしまい、革新的なイノベーション を生むことは難しくなってしまいます。
→(ブログ)地域イノベーションの課題 その1 - 地域戦略ラボ
→(ブログ)地域イノベーションの課題 その2 - 地域戦略ラボ
→(ブログ)地域におけるイノベーション - 地域戦略ラボ
→(ブログ)すべての地域・都市にイノベーション政策を広げよう(OECD報告書) - 地域戦略ラボ
2022年5月頃に刊行予定の 松原宏編著『新経済地理学概論』 の中で「地域イノベーション 2.0」として最近の地域イノベーション の研究動向について寄稿しています。
2022年3月15日作成