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地域活性化のためのイノベーション:ローカル企業と公設試による骨まで食べられる魚干物の開発

 以前のブログ(および拙著『イノベーションの空間論』)で地域イノベーション

①-A 技術基盤構築型地域イノベーション(ハイテク型)
②-B 技術基盤構築型地域イノベーション(ローテク型)
③リビングラボ型地域イノベーション
④地域埋め込み型社会イノベーション
地域活性化イノベーション
の5つの類型に分類しました。

 

その1つの地域活性型のイノベーションの事例として、愛媛県東温市の中小企業が公設試験研究機関(公設試)と一緒に取り組んだローカル・イノベーションの取組み例について紹介します。

 

 

1.開発された商品と参加した産学官のプレイヤー

イノベーションとしての骨まで食べられる魚干物

愛媛県東温市にある水産加工業を営む(株)キシモトは公設試と組んで骨まで食べられる魚の干物を開発したローカル・イノベーションを成し遂げた。

その商品は、従来、可食に適していなかった硬度の部位(頭・背骨等)を含め、魚一匹をまるごと柔らかく加工してあり、骨軟化のための薬品や保存添加物を使用しない食の安全にもこだわった商品である。商品は減塩加工により塩分を従来品の約50%カットしてあり、カルシウムやDHA(ドコサヘキサン酸)などの栄養素が豊富に含まれているという特徴を持っている。

そのため、子供からお年寄りまで安心して魚の干物をまるごと食べられるという優れた商品である。また、高温加熱殺菌処理を行っているため、常温での長期保存(3か月)が可能であり、同製品は今までの干物の概念を変える画期的な商品であり、地域が生んだイノベーション商品と言える。

 

      図1 骨まで食べられる魚干物

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   (資料:(株)キシモト提供)

 

商品開発のきっかけと産学官連携の展開

商品の開発の契機は、愛媛県産業技術研究所技術開発部(当時 工業技術センター化学工芸室)の主任研究員が2005年に聖カタリナ大学らと、ユニバーサルデザイン研究会を立ち上げ、その聖カタリナ大学の学生が社会福祉系実習として介護施設で食事介助をしている際に、利用者の高齢者との会話の中で、“昔食べた尾頭付き魚を食べたい”などの要望を聞いて、その思いに応えようとしたことから始まった

「まるごと骨まで食べられることができるアジの開き」の開発は、愛媛県産業技術研究所食品産業技術センターで、1994年から1998年にかけて水産庁の委託研究事業で開発を行っていた。当時、ハマチや真鯛の中骨の軟化試験では、研究所内にある小型の高温高圧調理殺菌装置を使用しながら研究が進められ、レトルト処理により魚骨のコラーゲンがゼラチン化することにより魚骨が軟化する仕組みを発見し、小型のアジの骨軟化技術が確立された。

また、1994~1995年の愛媛県事業で、魚骨軟化技術を用いたレトルト処理によるまるごと骨まで食べることができる焼きアジ、アジの開き、タチウオなどが開発された。産業技術研究所技術開発部、食品産業技術センターと聖カタリナ大学は、2008~2009年に愛媛県の単独研究事業により、高齢者のニーズを受けて高齢者のユニバーサルデザインにもとづいた食品開発をターゲットとして、産業技術研究所食品産業技術センター内に眠っていた魚骨軟化技術をもとにしたアジの干物の開発に絞り込んで開発を進め、「まるごと骨まで食べられることができるアジの開き」の製品開発に成功した。

 

2. 開発のプロセス(製品開発→商品開発→事業開発)

製品開発から商品開発へ

「まるごと骨まで食べられることができるアジの開き」の商品化に当たっては、現場にあった製造方法や製造設備などクリアにすべき問題点がいろいろとあった。そのため、2010年度に愛媛県産学官共同研究事業を活用し、産業技術研究所と聖カタリナ大学に製造業者である(株)キシモトが加わった。

(株)キシモトでは、従来から冷凍技術等に関する技術相談で産業技術研究所食品産業技術センターに熱心に通っていたと同時に、アジの開きの生産では大きな加工能力を持っていたため、産業技術研究所は本開発の事業パートナーとして(株)キシモトに声をかけた。
骨軟化技術による「まるごと食べることができる魚の干物」の商品化は、高温高圧調理殺菌装置での温度、時間、圧力、乾燥などの諸条件を探るのがポイントであった。当初、産業技術研究所食品産業技術センターが所有していた技術の商品化のために、食品産業技術センターの技術シーズが(株)キシモトへ移転された。

その後、(株)キシモトは、アジ、レンコダイ、サバや他の魚種(ホッケ、サンマ、ニシン、サーモン)については独自に試行錯誤しながら商品化していった。商品化期間中、(株)キシモトでは、産業技術研究所食品産業技術センターの高温高圧滅菌装置を使用しながら、毎日魚の処理方法、魚種ごとの条件設定を洗い出し、適度な加工条件を探索していった。

一方、産業技術研究所食品産業技術センターでは、製品化された製品の塩分などの調味分析や、水分、骨の量などの成分分析を行った。

 

商品開発から事業開発へ

その後、(株)キシモトでは、産業技術研究所食品産業技術センター長から公益財団法人えひめ産業振興財団が実施している「えひめ農商工連携ファンド事業」の紹介を受け、財団の農商工連携プロジェクトマネージャーから助言を得つつ、2011年4月に八幡浜市にある(有)昭和水産との連携体で同事業に申請し、事業採択された。同事業では、アジ以外の魚種でのまるごと食べられる干物の商品開発を行うと同時に、販路の拡大、施設の拡充が図られた。

また、2011年6月には、(株)キシモト、(有)昭和水産、愛媛県産業技術研究所食品産業技術センターによる事業が経済産業省農商工等連携事業計画に認定された。自動真空包装機については、えひめ農商工連携ファンド事業により、機械設備を(株)キシモト社内に設置した。数千万円する高温高圧調理殺菌装置は、愛媛県経済労働部から総務省地域経済循環創造事業交付金について紹介を受け申請し、2013年度に事業採択され、整備することが出来た。

 

事業の成果として宇宙食となる

骨軟化魚干物は、現在、アジ、タイ、ホッケ、サンマ、サバ、ニシン、サーモンの7魚種を扱っている。骨軟化魚干物の現在の販売は、スーパーマーケットや生協など量販店を中心に行っている。(株)キシモトとしては、骨軟化魚干物という付加価値品の提供により、従来の顧客層にはなかった中元や歳暮などのギフト製品としてデパート、高級量販店でも販売できるようになった。
この「まるとっと」の開発の取組みは、新しい食品の創造開発に貢献したとして、2016年2月に一般財団法人四国産業・技術振興センターの「2015四国産業技術大賞」、2016年3月に公益財団法人 安藤スポーツ・食文化振興財団の「安藤百福賞第20回記念特別奨励賞」を受賞した。

また、更なる展開として、宇宙滞在ではカルシウムが必要になるので、カルシウム高含有食材の宇宙食として、産業技術研究所食品産業技術センターと共同で「まるとっと」の常温での長期保存試験を行った。2020年にJAXAにより宇宙食として認定され、宇宙空間に進出した。

 

3.ローカル・イノベーションの成功要因

ローカル・イノベーションの要因

骨軟化魚干物の開発の取組みは、県の産業技術研究所技術開発部の仲立ちではあるが、技術のマッチングというより、大学生が実習先で感じた、高齢者に尾頭付きの魚を安心して食べさせてあげたいという思いと、食品産業技術センターが保有する「魚骨の軟化技術」のシーズと、(株)キシモトによる健康によい魚を幅広く食べてもらいたいという思いとのマッチングによるものと言える。

本事例は、主に大都市圏で取組みがされている科学技術主導型のハイテク系の地域イノベーションとは違い、ローカル地域の技術によるローカルのニーズためのイノベーション創出の取組みであった。その成果は、人びとのQOL(生活の質)の向上を目指すものであり、魚などの骨の摂取は成長期の青少年や骨粗鬆症の予防として高齢者にもよく、多くの人に骨まで食べられる干し魚を食してほしいという社会的使命感が研究開発の継続を支えた。

その結果、イノベーションの成果が地域に定着した。企業間・産学官間の連携構築には、課題・テーマに直面してから関係を構築するのではなく、事前の準備や普段の付き合いの中で関係が構築されていった。同時に、ローカルでは、研究開発・商品開発できる能力・体力のある企業が少ない。そのため、イノベーションの担い手となる企業の確保・育成自体から始めなければならない。

 

技術開発だけでない公設試の役割

本事例では、技術の開発・移転・普及には地元の公設試である産業技術研究所の果たした役割は大きかった。魚骨軟化技術自体は産業技術研究所食品産業技術センターで開発されていたものであり、産業技術研究所では、技術の創出をはじめ、その実施主体となる企業に技術移転・指導・分析の他に、共同事業の研究開発の関係構築を行っていた。

本件では、地域の公設試が、企業や機関の関係構築のための信頼の媒介学習継続のための制度整備などの役割を担っていた。今回のイノベーションは、大学ではなく公設試が中心的な役割を果たしていた。ハイテクではなくローテクである点などにより、従来の地域イノベーションとローカル・イノベーションは制度的・技術的に明確な違いがある。地域資源を活かしきれていないローカル地域においてのイノベーションの創出には、大学中心の科学技術主導型のイノベーションとは違ったモデル化が必要である。

 

4.組織間学習としてのイノベーション・システムの構築

ローカル・イノベーションにおける組織間学習の展開

以下に骨軟化魚干物の商品開発を学習の場の展開から見ていく(図2)。

骨軟化魚干物の学習関係構築の前段階として、産業技術研究所食品産業技術センターでは魚骨軟化技術を確立させていた。その技術自体は、数値化・コード化された移動型知識であった。それが、地域企業や大学、介護施設、水産会社などを含めた取引関係の中で埋め込み型知識へと転換が図られていった。

(株)キシモトは以前に魚食の普及のために魚骨抜き機の開発を行っており、技術開発・製品開発及び市場状況についての経験・情報を蓄積していた。聖カタリナ大学と産業技術研究所との関係も本事業前からユニバーサルデザイン研究会で問題意識を共有していた。その後、愛媛県の研究事業やえひめ産業振興財団、経済産業省農商工連携事業等とつながっていった。

イノベーションのための学習の場は、様々な学習が連鎖することによって成り立っているイノベーションのためには、学習の場を構築させるだけではなく、継続・連結・発展させることも必要である。

 

   図2 「まるとっと」製品開発における学習の場の展開

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 公設試を中心としたイノベーション・システムの重要性

本取組みは、地域資源の恵まれないローカル地域においても、その地域的劣位を乗り越えてイノベーションの創出に成功した例である。技術レベルも地域の中小企業の身の丈に合ったものであり、企業は苦労しながらも、知識を吸収・定着・展開していった。

地域の中小企業は新規技術の学習自体に不慣れなこともあり、企業に、動機付けを含めた企業の学習環境の整備が必要である。大学の高度な学術知を活用してイノベーションを創出する企業はローカル地域には多く立地していない。それよりか、決してハイテクではないが技術力を向上させて、既存事業の高度化を図る企業はある。

従来、イノベーションには程遠いと思われていた魚の干物であるが、このたび頭から骨までまるごと食べられる魚の干物という新たなイノベーテイブな商品がもたらされた。その開発は、地域の中小企業が行ったものであるが、地域の公設試、大学、行政機関などとの連携により、成し遂げられたものである。その中心として公設試の役割は大きい。

地域の公設試は、技術シーズの開発から、関係機関との関係構築、技術の移転など、地域におけるイノベーションをマネジメントしていた。ローカルな学習において中心的な役割をになうローカルイノベーション・システムの中核的存在である。特に研究開発志向の企業が少ないローカル地域では、公設試を中心としたイノベーション・システムを再構築する必要がある。

 

今回の事例の詳細を知りたい方は、こちらの論文をご覧ください。