観光を通じた古民家再生による地域づくり(アルベルゴ・ディフーゾ)[解説]
各地には屋敷、商家、蔵などの古くて歴史的に価値のある建物が存在しています。しかし、これらの歴史的建物は補修するにも多くの維持費がかかり、取り壊される運命の建物も多くあります。
そのような古く歴史的に価値のある建物を、宿やレストランなどの商業的な建物に改修し、再利用する取組みが全国で広がっています。
歴史的建物を1棟宿屋にしても商業的に採算をとることは難しいため、それらをいくつかまとめてまちを宿泊施設と見立てる取組みをアルベルゴ・ディフーゾ(分散型ホテル)と言います。
アルベルゴ・ディフーゾ(albergo:宿、diffuso:分散した)」とは、イタリア語で「分散したホテル」という意味。町の中に点在している空き家をひとつの宿として活用し、町をまるごと活性化しようというものです。
地域の廃屋や空き店舗をリノベーションし、レセプション、客室、食堂などの機能をそれぞれの棟に分散させることで、町をまるごと1つのホテルとみなします。こうすることで、宿泊した人たちが自ずと町を回遊し、地域そのものに活力をもたらすこの仕組みは、あらゆる施設が内包された大型ホテルとは、いわば真逆の発想です。
(by アルベルゴ・ディフーゾ・ジャパン)
以下に、アルベルゴ・ディフーゾ(分散型ホテル)の取組みを積極的に展開している、岡山県矢掛町、兵庫県丹波篠山市、愛媛県大洲市の事例を紹介します。
矢掛町は岡山県倉敷市北部に隣接する自治体です。旧山陽道の宿場町として栄え、多くの歴史的な建物が残されており、2020年に文化庁から重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けました。
矢掛町では、分散型ホテルを先駆的に展開しており、古民家を改装した宿泊施設「矢掛屋INN&SUITES」とその周辺一帯が、2018(平成30)年6月アジア初のアルベルゴ・ディフィーゾとしての認定を受けました。
日本の市町村が条例などにより決定した伝統的建造物群保存地区のうち、文化財保護法第144条の規定に基づき、特に価値が高いものとして国(文部科学大臣)が選定したものを指す。 (by Wiki)
岡山県矢掛町におけるアルベルゴ・ディフーゾの発展については神田 將志氏, 日高 優一郎氏の論文があります。初めから計画的に分散型ホテルの形成をめざしたのではなく、試行錯誤の中で作られていった経緯が開設されています。
丹波篠山市には我が国で「分散型ホテル」が知られるようになったきっかけを作った(一社)ノオトが立地しています。(一社)ノオトは、2009(平成21)年2月に兵庫県丹波篠山市で設立され、丸山集落の空き家再生事業にはじまり、歴史的建築物と地域文化、そして産業の一体的な再生に取り組んでいる事業者です。
(一社)ノオトは、丹波篠山市にある古民家を改修し「篠山城下町ホテルNIPPONIA」を、2015年10月に開業しました。
分散型ホテルの運営はNIPPONIAのブランドでバリューマネジメント株式会社が実施しています。バリューマネジメント(株)では、歴史的建物を活かした23施設(奈良ならまち/篠山城下町/福住宿場町/竹田城城下町/伊賀上野城下町/豊岡1925/佐原商家町/竹原製塩町/大洲城下町/八女福島商家町など)の運営を担っています(2022年3月時点)。
大洲市は城下町として栄え、ここにもNIPPONIAブランドの分散型ホテルが立地しています。
大洲市では、市内にある歴史的価値のある古い建物が壊されていました。そこで、大洲市が中心となり古い建物を補修・再利用する方法として丹波篠山市の取組みを参考にアルベルゴ・ディフーゾを展開しています。
大洲市にある(一社)キタ・マネジメントが中心となって、古い建物を活かした宿泊施設を開業しています。(一社)キタ・マネジメントは大洲市が中心として設立したDMOです。
観光地域づくり法人は、地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する「観光地経営」の視点に立った観光地域づくりの舵取り役として、多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えた法人です。(by 観光庁)
大洲市のスキームは、DMOがただ単に観光業の促進を図るのではなく、まちづくりを目的としてそのマネタイジングとして観光を利用している点が特徴的です。そして、観光客の増加を図ることで、まちづくりと産業づくりを行っています。
大洲NIPPONIAのレセプション(受付)棟
大洲市には、大洲城、臥龍山荘(国指定重要文化財)、鵜飼いなどの他、NHK朝のテレビドラマ「おはなはん」のロケ地となったおはなはん通りなどの観光資源があります。
アルベルゴ・ディフーゾを契機に、大洲市において周遊型で楽しむ観光が生まれています。
また、大洲市は宿泊施設が少なく、日帰り客が中心でしたが、アルベルゴ・ディフーゾにより宿泊施設ができたため、宿泊客も増え、観光消費が増えることが期待されています。
大洲城も宿泊可能で宿泊料は1泊2日1名55万円(税込)(2人以上6人まで)だそうです(これもNIPPONIAから予約できます)。
香川県の丸亀城も宿泊可能になるようですが、そちらは天守閣での宿泊ではないようです。
大洲市の近隣には重要伝統的建造物群保存地区に指定されている内子町、西予市卯之町があり、古い街並み群を周遊するのに適しています。
NIPPONIAのホテルはインバウンドの比較的裕福な外国人をターゲットとした取組みですが、普通の宿やホテルに飽きた日本人観光客にも面白い体験になると思います。
コロナ禍の規制が緩和されれば、ぜひ古民家での宿泊を体験してみてください。
矢掛町、丹波篠山市、大洲市の取組みは、観光というマネタイズ機能が伝統的建物の保存に役立ち、地域づくりへとつながる良いシステムとなっています。
アツベルゴ・ディフーゾについて詳しく知りたい人は下記へ ↓
アルバルゴ・ディフーゾ以外にもまちぐるみホテルの取組みがいくつかあります。
《東京都台東区谷中》hanare HAGISO
アルベルゴ・ディフーゾと異なり、歴史的価値があるとは言えない築60年の古い木造賃貸アパートを改築し、シェアリング・エコノミーの考えにより、そこを中心に街を一つの大きなホテルと見立てたまちづくりの取組みです。
高松市の郊外約8kmの観光地でもない地域に、建築家が中心となり「まちぐるみ旅館」をコンセプトに整備した施設です。
以下の「日本まちやど協会」のWebでは、高松市仏生寺をはじめ、まちぐるみ旅館の取組みを紹介しています。
このような施設での宿泊は新しい旅のスタイルになるのではないでしょうか。
《鹿児島県奄美大島》
奄美大島では、「アルベルゴ・ディフーゾ」や「まちやど協会」とは違いますが、「伝泊」として伝統的な建物をリノベーションして、宿泊施設に転用し、まちづくりを行っております。
伝泊による「地域共生を目指したまちづくり」は奄美イノベーション(株)を中心に取り組まれています。
■まとめ
・アルベルゴ・ディフーゾをはじめ、町全体をホテルと見立てた施設・サービスが増えてきています。
・その取組みは、観光をマネタイズ機能として活用して運営されています。観光は単に観光業を振興して地域を活性化させるのみではなく、マネタイズ機能として施設保存に役立ちます。
・しかし、それらの取組みは観光業にとどまらずまちづくりへと発展してきています。
・コロナがおさまったらこれらの取組みは大きく注目を浴びることが予想されます。
《参考図書》
DMOのプレイス・ブランディングの取組みについて知りたい人の参考になります
(注:アルベルゴ・ディフーゾについて書いてあるわけではありません)。
作:2022年3月9日