地域戦略ラボ

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”関係人口”ってたまに聞くけど、どういうもの?(読書メモ『関係人口の社会学』)

田中輝美(2021)は『関係人口の社会学において”関係人口”に関する最近の議論と事例をまとめている。

 

地域活性化においては、若者、よそ者、バカ者の参加が必要と言われてきた。そのよそ者の効果として5つある。その5つとは、①地域の再発見効果、②誇りの涵養効果、③知識移転効果、④地域の変容を促進、⑤しがらみのない立場からの問題解決、である。  (敷田麻美2009)(p116)

 

近年、総務省などの政策もあり、地方創生の取組みにおいてよそ者である”関係人口”という言葉が聞かれる。似たような言葉として”交流人口”という言葉があるが、交流人口とは一般的には観光客を意味するが、”関係人口”とは明確な定義はなく、「地域と関わりを持つ外部者」(田口2017、p15)と認識されている。移住などによる人口増加が難しい現状においては、関係人口の増加は地域活性化の切り札の一つとして期待されている。

 

結論から紹介すると、田中は本書で明らかになったこととして次の三点を紹介している。(p308)
①関係人口は、地域住民と社会関係資本を構築する過程で地域再生主体として形成される。
②その関係人口と社会関係資本を構築する過程で、新たな地域住民が地域再生主体として形成され、両者の共同という相互作用によって創発的な地域課題の解決が可能になる。関係人口が地域再生に果たす役割は、地域再生主体の形成と、創発的な地域課題解決の二つである。
地域再生主体が多層的に形成され、地域課題が解決され続けるという連続的過程が地域再生であり、現代社会の地域再生において目指すべきあり方である

として、関係人口を地域再生にしっかり組み込むことが必要とされている。

 

その中で、地域再生を目指す上で関係人口の創出・拡大は「手段」であって、決して目的ではない(p320)、としている。確かに、関係人口を交流人口の延長線上に位置づけてしまうと、関係人口も量を追い求めてしまうことになってしまう。それよりも、関係人口の質・機能の向上が地域再生のためには重要である。

 

そして、地域再生における関係人口の役割は、次の二つであると考えられる。
地域再生の主体を形成する
創発的な課題解決を促す(p292)

 

関係人口としての参画者と地域側の地域再生主体との形成過程は、共通して大きく次の三つのステップに分かれている(p245)。
①関係人口が地域課題の解決に動き出す
②関係人口と地域住民の間に信頼関係ができる
③地域住民が地域課題の解決に動き出す


そして、関係人口が地域再生主体として形成されるための条件を検討すると、次の三つの条件が考えられる(p266)。
①関心の対象が地域課題である。
②その解決に取り組むことで地域と関与する
③地域住民と信頼関係を築く


一般的に言って、共通する地域再生プロセスは4期の段階を踏まえている。
Ⅰ期は、地域において解決すべき課題が顕在化する段階である。
Ⅱ期では、顕在化した地域課題と自身の関心が一致する地域外の主体、つまり、関係人口がその解決に関わるようになる
Ⅲ期は、Ⅱ期で登場した関係人口の影響を受け、地域住民が新たに地域再生主体として形成されていく段階である。
Ⅳ期は、顕在化した地域課題が創発的に解決される段階である(p276)。

地域においては関係人口が求められるわけだが、信頼性と異質性という、相反する要素を両立させるアンビバレントさが「近さと遠さのダイナミクス」であり、この二つを兼ね備えることで、地域再生の主体として最大限に効果を発現する可能性が生まれるのである。
だからと言って、地域社会がこうした二つをもともと兼ね備えているような、いわゆる「スーパースター」的な関係人口だけを選んで呼び込もうと考えたとしたら、その態度は誤っていると言わざると得ない(p300)。

関係人口がすべての地域課題を解決できるわけもなく、むしろ関係人口の数は少なくてもいいとも言うことができる。多くなればなるほど、関係の質を担保することは難しくなるだろう。かつて都市農村交流で起こった「交流疲れ」現象ならぬ「関係疲れ」現象を生んでいくことにもなりかねない(p301)。

 

関係人口は地方創生の特効薬ではない。しかし、地方自治体は、総務省の「関係人口創出事業」などの政策フレームワークに捉われることなく、関係人口というよそ者のもつ機能を地域創生の取組みに組込むことが求められる。

 

 

関係人口に関しては河井先生の著書もある。関心ある人は重ねて読んでみるのも良いだろう。

 

 

産業政策における地域の重要性

ヨーロッパ(特にイギリス)では産業と地域の活性化を”レベルアップ”というコンセプトで展開しています。それを産業政策の地域的展開と捉えています。従来の地域産業政策であると、地場産業やローテク産業などが含まれますが、国の産業政策としてハイテク産業や新規産業を育成するためには、イノベーションを生み出す地域の集積の構築が重要だとしています。EUのスマートスペシャリゼーション戦略も同様の考え方です。

 

 イギリスの産業戦略委員会では産業政策を展開するために、地域をレベルアップさせることが必要であり、その場合の6つの基礎となる要素を掲げています。その6つの要素について以下に示します。

 

投資の規模と持続性

持続的で大規模な公共投資は、民間投資の増加につながる。経済政策の方向性は、地方や国の政治の変化にかかわらず、一貫している必要があります。


コラボレーション

中央政府、地方政府、企業、住民が建設的な関係を築くことで、その場所に特化した支援策を見つけ出し、効果的に実施することができます。


住むのに魅力的な場所

芸術、文化、レクリエーション、観光は、直接的な収入だけでなく、その土地のイメージを再構築することによっても、平準化に重要な役割を果たします。高い生活水準は、住みやすい場所を求める若いプロフェッショナルを惹きつけます。


大学とイノベーション

地域と大学のコラボレーションは、政策の改善や経済成長の促進に役立ちます。大学は政府や民間の資金を集め、イノベーションを促進します。


交通・デジタルインフラ

交通・デジタルインフラは、企業や住民に接続性の基盤を提供します。優れたインフラは新たな投資を呼び込み、その結果、新たな雇用機会を創出します。


スキルと将来の分野

成功している地域は、過去の強みを活かし、将来に向けて継続的に適応していくことに重点を置いています。経済的成功は、スキルへの投資と既存の労働力の維持と密接に関連しています。

 

 

[読書メモ]中国のイノベーションについて考えてみる

智慧『チャイナ・イノベーション(2018)』『チャイナ・イノベーション2(2021)』日経BP について紹介しながら、中国のイノベーション、米中対立、日本の行方について考えてみる。

 

 

中国のデジタル強国戦略

今や中国はデジタル大国であり、様々なイノベーションを生み出している国という認識は間違いないであろう。このような中国のデジタル大国化の道は第6段階を踏まえて現在に至っている。

第1段階:1978年~1990年  情報化インフラの整備時期

第2段階:1990年~2000年  インターネット化への転換時期

第3段階:2000年~2005年  情報化と工業化の融合を促進する時期

第4段階:2006年~2013年  デジタル国家戦略の形成初期

第5段階:2014年~2016年  デジタル国家戦略の形成初期:ネット強国

第6段階:デジタル国家戦略の確立段階  イノベーション駆動型デジタル中国

 

特に、中国政府は2015年から「大衆創業・万衆創新」として起業とイノベーションを協力に推進している。同時に「中国製造2025」戦略を打ち立てハイテク大国化に邁進している。

中国政府は「データ」を土地、労働力、資本、技術と並んで、重要な生産要素と位置付けた。

 

<デジタル社会実装を成功させるカギ>

 

BATHの誕生

B バイドゥ    (ブラウザー)   G Google

A アリババ    (電子取引)    A Amazon、e-Bay

T ティンセント    (SNS)     F Facebooktwitter

H ファーウェイ (通信機器、スマホ) A AppleCisco Systems

 

今後のデジタル世界を支える技術は、”BASIC” Blockchain, AI, Security, IoT, Cloud Computing と呼ばれる分野である。

 

 

2018年の本ではアリババとティンセント、2021年の本ではファーウェイについて詳しく紹介している。

ファーウェイについては、グローバルに戦えるリーディング・カンパニーに成長した理由として、一点集中突破戦略、農村や海外から攻める迂回戦略、優秀な人材や継続する研究開発と並んで、その世界から学ぶ謙虚な姿勢も重要な要因としてあげられる。

ファーウェイは単なる格安スマフォ会社ではないということを認識する必要がある。5Gに関しては世界最先端の企業である。

 

アリババ(アント)とティンセントは電子決済や取引信用等によって、人々の生活に不可欠のものとなり、デジタル技術はもはや産業技術だけではなく、生活を支える社会的・インフラの技術である。

アントのアリペイなどの発展は、デジタル人民元などの展開とも結びついているわけであるが、デジタル人民元の実施は、米国ドルの基軸通貨としての覇権を逃れるための手段となるであろう。

 

米中対立

このコロナによって、中国の存在感をより大きくなったとは間違いがない。

米トランプ政権が次々と打ち出した中国企業に対する制裁措置によって、中国はWin-Winの妄想を捨て、基礎から科学技術を発展させる必要性に目覚めた。

BATHのそれぞれの企業は、GAFAのビジネスをまねしたものである。米国企業を締め出して13億人にいる市場で自国企業を育成し、企業が育ったら世界に打って出るのは確かにフェアではない。

 

今後、AI、IoTなどのビッグデータ系が主戦場にあるだろう。データこそが競争の生命線であるので、国家を中心にデータを採取できる中国が優位に働くであろう。

中国は量子コンピュータでも協力に力を入れている。

その中で中核となるのが半導体技術である。しかし、中国は国を挙げて技術を手に入れるだろう。中国半導体企業のSMICの副董事長に台湾のTSMCの元COOが就任したり、中国と台湾は人のつながりがある。

 

米中の対立はしばらく続くであろう。しかし、米中は金融(ゴールドマンサックス)をはじめつながりがかなりある。日本にって本当の危機は、米中の戦争ではなく、米中が融合した時であろう。

 

日本のイノベーション敗戦

中国がデジタル強国として成長している間、日本は失われた30年として国力を低下させていった。特に半導体は”産業のコメ”と言われながら、今は見る影もなくなってしまった。それが象徴的である。


まず、デジタル部門の人材不足は大きな問題である。日本の大学ではコンピュータ科学学部がほとんどないとWindows95が発売された1995年にも言われていたことである。それから30年近くもたっているのにそれが解消されている状況ではない。

 

最近の科学技術力の低下は大きな問題である。科学技術基本計画は第6期がスタートしたが、日本がイノベーション敗戦から立ち直る処方箋が示されているとは言えない。

 

中国の存在がコロナ以降ますます大きくなっている。中国を過度に恐れて距離を置こうとするのではなく、発展する中国を活用するぐらいの現実的思考を持って付き合っていく必要があるのではないか。

  

  

   

GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略

GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略

  • 作者:田中 道昭
  • 発売日: 2019/04/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

 

 

平成30年間に製造業はどのように変化したか(産業分野編)

平成30年は失われた20年とも30年とも言われています。その中で、日本の強味であった製造業も競争力を喪失したと言われています。そこで、今回日本の製造業が30年間で具体的にどのように変化したかを見ていきたいと思います。

(データは経済産業省の工業統計(4人以上の事業所)を使用しました。)

 

①製造業全体の変化

平成元年の1989年から平成30年の2018年の産業規模を見てみる。平成元年を1と指数化すると、平成30年の事業所数は0.44、従事者数は0.71と大幅に減少しています。従事者数は近年横ばいなのに対して、事業所数は着実に減少しています。

製造品出荷額と付加価値額はリーマンショック後に大幅に減少しましたが近年は若干上昇傾向にあります。

しかし、30年経過して0.94、1.11という数値は、30年前とほぼ変動がなく、産業として成長しているとは言えない状況です。

 

図1 事業所数、従事者数、製造品出荷額、付加価値額の変化(1989~2018年)

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②業種別(産業中分類)の変化

産業中分類別に事業所数、従事者数、製造品出荷額、付加価値額の30年の変化をみます(100%を現状維持とする)。

事業所数、従事者数をみると、食料品製造業、プラスチック製造品製造業、輸送用機械器具製造業の3業種は産業規模が拡大していました。

製造品出荷額、付加価値額をみると、そのほかに、化学工業、石油製品・石炭製品製造業、非鉄金属製造業、一般機械+精密機械器具製造業は増加していました。

繊維工業、木材・木製品製造業、家具・装備品製造業、パルプ・紙・紙加工品製造業、印刷・同関連産業、なめし革・同製品・毛皮製造業、窯業・土石製品製造業、電気機械器具製造業、その他製造業は4つの項目すべてで減少しており、特に繊維工業の産業規模を1/4~1/3程度に縮小していました。

 

表1 業種別事業所数・従業者数・製造品出荷額・付加価値額の変化

   (1989年~2018年)

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③ 業種別の構成比の変化

主な業種の製造品出荷額のその年の構成比率の推移を見てみます。

平成元年は電気機械器具製造業が17.0%と最も構成比率が高かく、次いで輸送用機械器具製造業14.1%、一般機械+精密機械器具製造業が13.6%と同程度で多かったです。

平成30年の3業種の構成比率をみると、輸送用機械器具製造業が21.1%と大幅に増加しており、一般機械+精密機械器具製造業が12.4%と同程度でした。電気機械器具製造業が12.6%と大幅に減少していました。

つまり、平成初期には一般機械+精密機械器具製造業と電気機械器具製造業と輸送用機械器具製造業が鼎立していた状態でしたが、平成30年間に輸送用機械器具製造業のウェートが高まったと言えます。

その他に、食料品製造業、化学工業、石油製品・石炭製品製造業のウェートが高くなっています。

ちなみに、繊維工業について、平成元年は4.0%であったのが、平成30年には1.1%と大幅に減少していました。

 

表2 主要業種別製造品出荷額構成比率の変化(1989年~2018年)

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④従事者数と製造品出荷額の変化の関係

業種別の従事者数の変化と製造品出荷額の30年間の変化の関係を見てみます。

どの業種も、従事者数の増加率より製造品出荷額の増加率が高く、労働生産性が高くなっていることがうかがえます。

輸送用機械器具製造業、食料品製造業、プラスチック製品製造業の3業種は従事者数の変化、製造品出荷額の変化とも増加しており、産業(業種)として拡大していると言えます。

石油製品・石炭製品製造業、非鉄金属製造業、化学工業、鉄鋼業、ゴム製品製造業、一般機械+精密機械器具製造業の4業種は従事者数は減少していますが、製造品出荷額は増加しており、業種的に筋肉質になっていると言えます。

その他の業種の労働生産性は増加していますが、従事者数、製造品出荷額とも減少しており、産業(業種)として縮小していると言えます。

 

図2 業種別従事者数の変化と製造品出荷額の変化の関係

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平成30年間における製造業の変化を業種別に見てみました。

30年間という長期において産業規模は縮小しており、付加価値額も横ばいであり高付加価値化に成功したとは言えません。

その中で、輸送用機械器具製造業、食料品製造業、プラスチック製品製造は数少ない成長業種と言えます。

製造品出荷額、付加価値額を増加させた業種は装置産業と言える業種が多いです。その中で、装置産業でも電気機械器具製造業の落ち込みが目立ちます。

同時に、繊維工業、家具、窯業、なめし革製品製造業などの小規模事業者が多い業種は大幅に縮小しています。

平成30年間に製造業はどのように変化したか(都道府県編)

前回に引き続きまして、平成の30年間においての製造業の変化を都道府県別に見ていきます。

 

都道府県別の事業所数、従事者数、出荷額、付加価値額の変化 

 平成期における都道府県別の製造業の変化を見ると、事業所数は47都道府県すべてで減少しています。従事者集では、滋賀県沖縄県以外の都道府県で減少していますが、事業所、従事者数は全国的に減少していると言っても良いでしょう。

製造品出荷額では、東京都、埼玉県、神奈川県、大阪府奈良県の大都市圏の他に、秋田県鳥取県で減少しています。

付加価値額では、増加している地域と減少している地域が混在しており、東北、北関東、東海、九州地方が増加傾向にあります。

 

表1 都道府県別事業所数・従事者数・製造品出荷額・付加価値額の変化(1989年~2018年)

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都道府県別に見た量的変化

 都道府県別の量的変化を、製造品出荷額を通して見ていきます。

横軸に2018年の従事者1人当たりの製造品出荷額を示し、都道府県別の労働生産性の高さを見ます。縦軸に平成期における製造品出荷額の増減率から成長性を見ます。それを全国の平均値を中心に四つに分割し、労働生産性が高く成長性の高い第Ⅰ象限を「発展」地域とします。

労働生産性は高くないが成長性が高い第Ⅱ象限を「成長」地域とします。

労働生産性が低く成長性も低い第Ⅲ象限を「縮小」地域とします。

労働生産性が高いが成長性が低い第Ⅳ象限を「停滞」地域とします。分類は以下の通りです。


第Ⅰ象限「発展」:山口、大分、千葉、愛知、愛媛、岡山、三重、和歌山、福岡、兵庫

(成長して労働生産性をあげた地域です。)
第Ⅱ象限「成長」:香川、宮城、徳島、佐賀、福島、長崎、岩手、青森、宮崎、福井、島根、熊本、石川、鹿児島、山形、新潟、高知、秋田

(成長したが元々生産性が低かったので、まだ相対的に生産性が低い地域です。)
第Ⅲ象限「縮小」:静岡、京都、大阪、北海道、山梨、埼玉、奈良、富山、長野、東京、岐阜、鳥取、沖縄

(元々生産性は低く、成長もしなかった地域です。)
第Ⅳ象限「停滞」:神奈川、滋賀、茨城、広島、栃木、群馬

(元々は生産性は高かったが、成長していない地域です。)

 

図1 都道府県別従事者1人当たりの製造品出荷額(2018年)と製造品出荷額の変化(1989年~2018年)

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都道府県別に見た質的変化

 都道府県別の質的変化を、付加価値額を通して見ていきます。横軸に2018年の従事者1人当たりの付加価値額を示し、都道府県別の付加価値性の高さを見ます。

縦軸に平成期における付加価値額の増減率から高付加価値化を見ます。それを全国の平均値を中心に四つに分割し、付加価値性が高く高付加価値化の高い第Ⅰ象限を「発展」地域とします。

付加価値性は高くないが高付加価値化が高い第Ⅱ象限を「成長」地域とします。

付加価値性が低く高付加価値化も低い第Ⅲ象限を「縮小」地域とします。

付加価値性が高いが高付加価値化が低い第Ⅳ象限を「停滞」地域とします。分類は以下の通りです。

 

第Ⅰ象限「発展」:山口、徳島、三重、茨城、和歌山、愛知、京都、栃木、静岡、群馬、山梨 (高付加価値化に成功し、高付加価値なものを製造している地域です。)
第Ⅱ象限「成長」:愛媛、佐賀、宮城、長崎、香川、長野、福島、宮崎、石川、熊本、福井、山形、島根、新潟、鹿児島、青森、岩手、高知、秋田、鳥取 (高付加価値化を図ったが、まだ相対的に付加価値が高いとは言えない地域です。)
第Ⅲ象限「縮小」:広島、岡山、大阪、東京、埼玉、福岡、富山、奈良、岐阜、北海道、沖縄 (元々、高付加価値とも言えず、高付加価値化に成功したとも言えない地域です。)
第Ⅳ象限「停滞」:滋賀、大分、千葉、神奈川、兵庫 (高付加価値なものを製造しているが高付加価値化が停滞してしまっている地域です。)

 

図2 都道府県別従事者1人当たりの付加価値額(2018年)と付加価値額の変化
(1989年~2018年)

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都道府県別に見た製造業の変化の特徴

②で製造業の量的変化を、③で質的変化を見てきました。そこで、量的変化と質的変化の2軸から都道府県の製造業がどのように変化したのかを「発展」「成長」「縮小」「停滞」の4つに分類し、16分割のマトリクスに整理しました。

都道府県の中で、量・質ともに製造業が発展した地域は輸送用機械器具製造業、や化学工業などが盛んな山口県、愛知県、三重県和歌山県の4県でした。その他に、愛媛県徳島県香川県宮城県佐賀県福島県長崎県岩手県青森県、宮崎県、福井県島根県熊本県、石川県、鹿児島県、新潟県高知県秋田県は製造業が相対的に成長している地域と言えます。しかし、これらの地域は元々それほど大規模な工場集積がなかった地域が資本集約的な工場の集積が進んだ結果、成長したことが想定される。

一方、神奈川県、滋賀県広島県大阪府、北海道、埼玉県、奈良県富山県、東京都、岐阜県沖縄県は平成の30年間において製造業を量的にも質的にも相対的に成長させることができなかった停滞・縮小地域と言えます。

また、大分県、千葉県、兵庫県岡山県、福岡県は、労働生産性の向上により量的には改善されていますが、付加価値の改善は図られていません。

更に、茨城県、栃木県、群馬県静岡県京都府山梨県、長野県、鳥取県は相対的な労働生産性の改善は顕著ではないが、高付加価値化は図られた地域と言えます。

 

表2 都道府県別製造業の変化の特徴

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すべての地域・都市にイノベーション政策を広げよう(OECD報告書)

OECDでは2020年10月にすべての地域・都市にイノベーション政策を拡大しよう:Broad-based Innovation Policy for All Regions and Citiesという179ページの報告書を発表しました。その報告書は最近の欧米の地域イノベーション政策の考え方を表していますので、今回はその概要を簡単に紹介したいと思います。

 

<地域や都市にイノベーション政策が必要な背景>

イノベーションはあらゆるタイプの地域で成長の鍵を握っています。しかし、多くの地域では、新たな成長機会への移行や、絶え間なく拡大するグローバルな知識がもたらす恩恵を享受することに苦慮しています。伝統的に「イノベーション」とは、フロンティア拡大型の科学的・技術的なブレークスルーを意味しており、この点は今でもほとんどのイノベーション政策の重要な要素となっています。

 

しかし、多くの企業や地域にとってのイノベーションは、フロンティアを拡大することよりも、「追いつくこと」、すなわち、国内の他の地域や世界の他の地域からのアイデアや発明、イノベーションを採用することに重点が置かれています。このようなダイナミクスを捉えるためには、企業、公共部門、その他のあらゆる分野における知識の創造を通じて生まれたあらゆるタイプの新しいプロセス、製品、活動を含む「イノベーション」という広い概念が必要となります。


また、イノベーションの可能性を引き出すツールは、地域の異なるアクターの能力に依存していることを認識する必要があります。また、イノベーションの可能性を引き出すためのツールは、地域の様々なアクターの能力に依存していることを認識する必要があります。

 

 必要なのは、地域の状況に合わせたプログラムであり、特に「地域イノベーションシステム」の能力、すなわち、関連するイノベーションアクターのネットワークと、それらの間の公式または非公式のリンクです。

 

<地域にイノベーション政策を拡大させるための6つの原則>

 ■あらゆることを巻き込んだ地域イノベーションシステムの構築

あらゆるタイプの地域がイノベーションの可能性を十分に活用できるようにするための政策には、単一の「ベスト・プラクティス」は存在しません。むしろ、政策には、地域の資源を考慮し、それに適応するような、地域に合わせたアプローチが必要です。

 

このアプローチは、純粋に公共部門だけが主導するものではなく、知識を創造し、共有し、流通させる地域のアクターをも巻き込むべきです。多くの地域では、学界、官民、市民社会「四重らせん」構造を持つ組織がすでに存在しています。

 

しかし、これらの組織が成功するかどうかは様々です。成功するためには、地域のイノベーションを支援する目的に沿ったインセンティブ(規制や財政など)が必要であり、少なくともイノベーションシステムのアクター間の連携を積極的に阻害しないようなインセンティブが必要です。また、参加者が自分たちのインプットや投資に価値があると認識すること、つまり参加することが価値あるものであると認識することも必要です。

 

■地域のイノベーションシステムの適応性を確保する

経済的な強みが確立されている地域であっても、産業、デジタル、グリーン(脱炭素)などの移行期に経済が停滞し、時代の変化に適応できなくなる危険性があります。地域が経済を向上させ続けるためには、地域イノベーションシステムを適切に適応させる必要があります。

 

歴史的に、イノベーションの能力とリターンを内在化させることを目的としたクローズド・イノベーション・システムは、OECD の多くの地域の発展を支えてきました。

 

しかし、既存の技術や知識分野が交差するところでイノベーションがますます発生するようになると、閉鎖的なシステムはもはや地域のイノベーションにとって最も効果的なアプローチではないかもしれません。

 

■学習を支援する仕組みを政策立案に組み込む

地域イノベーションシステムを改善するための評価と学習は、政策プロセスの不可欠な部分です。地域独自の政策は学習の源泉となり得るが、もう一つの源泉は、他の地域で生み出されたアイデアイノベーション、発見にあります。地域や国の政策立案者は、他の地域で成功したツールやプログラムを適応させ、その発展を研究することで、他の地域が陥る落とし穴を回避することができます。


学習は政策プロセスのさまざまな段階で重要であり、さまざまな手段で支援することができます。知識共有ネットワークは、他の場所でうまくいった実践を広めるのに役立ちますし、マッピングと先見性の実践は、地域の強みと弱みについて学ぶのに役立ちます。


イノベーションシステム、イノベーション戦略、政策、プログラムを策定するプロセスは、公共部門の能力を構築し、四重らせんのメンバー間のリンクを形成するのに役立つため、多くの場合、学習を促進するのに役立ちます。実験的ガバナンスのようなガバナンス・メカニズムは、学習プロセスを制度化し、政策サイクルの不可欠な部分とすることができます。

 

しかし、政策の学習と実験における根本的な課題は、それらを成功させるために必要な社会的・制度的基準を決定することにある。

 

■グローバルなバリューチェーンにつながるローカルイノベーションの機会を求めて

技術的先端ではない地域への知識の流れを支援するために、さまざまなチャネルが存在します。

 

多国籍企業が現地での活動に意欲的に取り組むようなインセンティブがあれば、海外からの直接投資は、地域に新しいアイデアや能力をもたらすことができます。企業はサプライチェーン内の知識を活用することができ、サプライチェーンが国境を越えている場合には特に価値があります

 

地域への波及効果を確保するためには、地域や地方自治体による積極的な役割が必要となることが多く、単に経済活動を誘致するだけではなく、経済活動を定着させることに焦点を当てて考えなければなりません。

 

■非連続性と戦うのではなく、非連続性を受け入れる

破壊的イノベーションは、既存産業の変位や雇用の喪失につながる可能性があります。このショックの深刻度は地域によって異なります。

 

地方や国の政策立案者が最初に反射的に行うのは、しばしば新技術を抑制しようとすることがありますが、このアプローチは根本的な問題を解決するものではありません。

 

非連続性を避けようとするのではなく、政策対応は、例えば、トレーニングの取り組みを期待されるイノベーションに合わせるなどして、包括的な成長に向けて非連続性の進展を準備し、舵取りをする必要があります。

 

既存の経済を破壊することが必要かもしれません。輸送、エネルギー生産、無駄の少ない消費への移行といった破壊的なイノベーションがなければ、気候変動を緩和し、カーボンニュートラルな経済へと移行するための取り組みは失敗に終わる可能性があります。

 

イノベーション政策領域とその関連政策領域との連携を促進する

イノベーションシステムは、システム内のアクターをつなぐリンクがあればこそ強力なものとなります。地域は、アクターが定期的に関わり、信頼を築き、理想的には彼らが住み、働く地域で共通のビジョンを持つことができるような、可能な限り強力なつながりを育む可能性を秘めています。

 

より強力なイノベーションシステムを促進する政策の多くは、研修やスキル開発、ビジネス促進、外国直接投資の誘致など、イノベーション政策の領域外のものです。これらの領域はすべて、特にイノベーションをさらなる目的としている場合には、イノベーションのための地域の能力を向上させるための重要な推進力となります。

  

<報告書から言えること>

 イノベーションを問うときに、科学技術型が非技術型かという分類がありましたが、それは本質ではないです。イノベーションは、気候変動や高齢化などの大きな社会課題を解決するために必要であり、そのためには科学技術型のイノベーションである必要はありません。それよりか、あらゆる地域があらゆる形で、新しいプロセス、製品、活動を生むことが必要だとされています。

つまり、ビジョンドリブンなイノベーションを駆動することが、最終的な目的である社会変革につながると考えられています。

 

 

www.oecd-ilibrary.org

 

 

地域活性化のためのイノベーション:ローカル企業と公設試による骨まで食べられる魚干物の開発

 以前のブログ(および拙著『イノベーションの空間論』)で地域イノベーション

①-A 技術基盤構築型地域イノベーション(ハイテク型)
②-B 技術基盤構築型地域イノベーション(ローテク型)
③リビングラボ型地域イノベーション
④地域埋め込み型社会イノベーション
地域活性化イノベーション
の5つの類型に分類しました。

 

その1つの地域活性型のイノベーションの事例として、愛媛県東温市の中小企業が公設試験研究機関(公設試)と一緒に取り組んだローカル・イノベーションの取組み例について紹介します。

 

 

1.開発された商品と参加した産学官のプレイヤー

イノベーションとしての骨まで食べられる魚干物

愛媛県東温市にある水産加工業を営む(株)キシモトは公設試と組んで骨まで食べられる魚の干物を開発したローカル・イノベーションを成し遂げた。

その商品は、従来、可食に適していなかった硬度の部位(頭・背骨等)を含め、魚一匹をまるごと柔らかく加工してあり、骨軟化のための薬品や保存添加物を使用しない食の安全にもこだわった商品である。商品は減塩加工により塩分を従来品の約50%カットしてあり、カルシウムやDHA(ドコサヘキサン酸)などの栄養素が豊富に含まれているという特徴を持っている。

そのため、子供からお年寄りまで安心して魚の干物をまるごと食べられるという優れた商品である。また、高温加熱殺菌処理を行っているため、常温での長期保存(3か月)が可能であり、同製品は今までの干物の概念を変える画期的な商品であり、地域が生んだイノベーション商品と言える。

 

      図1 骨まで食べられる魚干物

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   (資料:(株)キシモト提供)

 

商品開発のきっかけと産学官連携の展開

商品の開発の契機は、愛媛県産業技術研究所技術開発部(当時 工業技術センター化学工芸室)の主任研究員が2005年に聖カタリナ大学らと、ユニバーサルデザイン研究会を立ち上げ、その聖カタリナ大学の学生が社会福祉系実習として介護施設で食事介助をしている際に、利用者の高齢者との会話の中で、“昔食べた尾頭付き魚を食べたい”などの要望を聞いて、その思いに応えようとしたことから始まった

「まるごと骨まで食べられることができるアジの開き」の開発は、愛媛県産業技術研究所食品産業技術センターで、1994年から1998年にかけて水産庁の委託研究事業で開発を行っていた。当時、ハマチや真鯛の中骨の軟化試験では、研究所内にある小型の高温高圧調理殺菌装置を使用しながら研究が進められ、レトルト処理により魚骨のコラーゲンがゼラチン化することにより魚骨が軟化する仕組みを発見し、小型のアジの骨軟化技術が確立された。

また、1994~1995年の愛媛県事業で、魚骨軟化技術を用いたレトルト処理によるまるごと骨まで食べることができる焼きアジ、アジの開き、タチウオなどが開発された。産業技術研究所技術開発部、食品産業技術センターと聖カタリナ大学は、2008~2009年に愛媛県の単独研究事業により、高齢者のニーズを受けて高齢者のユニバーサルデザインにもとづいた食品開発をターゲットとして、産業技術研究所食品産業技術センター内に眠っていた魚骨軟化技術をもとにしたアジの干物の開発に絞り込んで開発を進め、「まるごと骨まで食べられることができるアジの開き」の製品開発に成功した。

 

2. 開発のプロセス(製品開発→商品開発→事業開発)

製品開発から商品開発へ

「まるごと骨まで食べられることができるアジの開き」の商品化に当たっては、現場にあった製造方法や製造設備などクリアにすべき問題点がいろいろとあった。そのため、2010年度に愛媛県産学官共同研究事業を活用し、産業技術研究所と聖カタリナ大学に製造業者である(株)キシモトが加わった。

(株)キシモトでは、従来から冷凍技術等に関する技術相談で産業技術研究所食品産業技術センターに熱心に通っていたと同時に、アジの開きの生産では大きな加工能力を持っていたため、産業技術研究所は本開発の事業パートナーとして(株)キシモトに声をかけた。
骨軟化技術による「まるごと食べることができる魚の干物」の商品化は、高温高圧調理殺菌装置での温度、時間、圧力、乾燥などの諸条件を探るのがポイントであった。当初、産業技術研究所食品産業技術センターが所有していた技術の商品化のために、食品産業技術センターの技術シーズが(株)キシモトへ移転された。

その後、(株)キシモトは、アジ、レンコダイ、サバや他の魚種(ホッケ、サンマ、ニシン、サーモン)については独自に試行錯誤しながら商品化していった。商品化期間中、(株)キシモトでは、産業技術研究所食品産業技術センターの高温高圧滅菌装置を使用しながら、毎日魚の処理方法、魚種ごとの条件設定を洗い出し、適度な加工条件を探索していった。

一方、産業技術研究所食品産業技術センターでは、製品化された製品の塩分などの調味分析や、水分、骨の量などの成分分析を行った。

 

商品開発から事業開発へ

その後、(株)キシモトでは、産業技術研究所食品産業技術センター長から公益財団法人えひめ産業振興財団が実施している「えひめ農商工連携ファンド事業」の紹介を受け、財団の農商工連携プロジェクトマネージャーから助言を得つつ、2011年4月に八幡浜市にある(有)昭和水産との連携体で同事業に申請し、事業採択された。同事業では、アジ以外の魚種でのまるごと食べられる干物の商品開発を行うと同時に、販路の拡大、施設の拡充が図られた。

また、2011年6月には、(株)キシモト、(有)昭和水産、愛媛県産業技術研究所食品産業技術センターによる事業が経済産業省農商工等連携事業計画に認定された。自動真空包装機については、えひめ農商工連携ファンド事業により、機械設備を(株)キシモト社内に設置した。数千万円する高温高圧調理殺菌装置は、愛媛県経済労働部から総務省地域経済循環創造事業交付金について紹介を受け申請し、2013年度に事業採択され、整備することが出来た。

 

事業の成果として宇宙食となる

骨軟化魚干物は、現在、アジ、タイ、ホッケ、サンマ、サバ、ニシン、サーモンの7魚種を扱っている。骨軟化魚干物の現在の販売は、スーパーマーケットや生協など量販店を中心に行っている。(株)キシモトとしては、骨軟化魚干物という付加価値品の提供により、従来の顧客層にはなかった中元や歳暮などのギフト製品としてデパート、高級量販店でも販売できるようになった。
この「まるとっと」の開発の取組みは、新しい食品の創造開発に貢献したとして、2016年2月に一般財団法人四国産業・技術振興センターの「2015四国産業技術大賞」、2016年3月に公益財団法人 安藤スポーツ・食文化振興財団の「安藤百福賞第20回記念特別奨励賞」を受賞した。

また、更なる展開として、宇宙滞在ではカルシウムが必要になるので、カルシウム高含有食材の宇宙食として、産業技術研究所食品産業技術センターと共同で「まるとっと」の常温での長期保存試験を行った。2020年にJAXAにより宇宙食として認定され、宇宙空間に進出した。

 

3.ローカル・イノベーションの成功要因

ローカル・イノベーションの要因

骨軟化魚干物の開発の取組みは、県の産業技術研究所技術開発部の仲立ちではあるが、技術のマッチングというより、大学生が実習先で感じた、高齢者に尾頭付きの魚を安心して食べさせてあげたいという思いと、食品産業技術センターが保有する「魚骨の軟化技術」のシーズと、(株)キシモトによる健康によい魚を幅広く食べてもらいたいという思いとのマッチングによるものと言える。

本事例は、主に大都市圏で取組みがされている科学技術主導型のハイテク系の地域イノベーションとは違い、ローカル地域の技術によるローカルのニーズためのイノベーション創出の取組みであった。その成果は、人びとのQOL(生活の質)の向上を目指すものであり、魚などの骨の摂取は成長期の青少年や骨粗鬆症の予防として高齢者にもよく、多くの人に骨まで食べられる干し魚を食してほしいという社会的使命感が研究開発の継続を支えた。

その結果、イノベーションの成果が地域に定着した。企業間・産学官間の連携構築には、課題・テーマに直面してから関係を構築するのではなく、事前の準備や普段の付き合いの中で関係が構築されていった。同時に、ローカルでは、研究開発・商品開発できる能力・体力のある企業が少ない。そのため、イノベーションの担い手となる企業の確保・育成自体から始めなければならない。

 

技術開発だけでない公設試の役割

本事例では、技術の開発・移転・普及には地元の公設試である産業技術研究所の果たした役割は大きかった。魚骨軟化技術自体は産業技術研究所食品産業技術センターで開発されていたものであり、産業技術研究所では、技術の創出をはじめ、その実施主体となる企業に技術移転・指導・分析の他に、共同事業の研究開発の関係構築を行っていた。

本件では、地域の公設試が、企業や機関の関係構築のための信頼の媒介学習継続のための制度整備などの役割を担っていた。今回のイノベーションは、大学ではなく公設試が中心的な役割を果たしていた。ハイテクではなくローテクである点などにより、従来の地域イノベーションとローカル・イノベーションは制度的・技術的に明確な違いがある。地域資源を活かしきれていないローカル地域においてのイノベーションの創出には、大学中心の科学技術主導型のイノベーションとは違ったモデル化が必要である。

 

4.組織間学習としてのイノベーション・システムの構築

ローカル・イノベーションにおける組織間学習の展開

以下に骨軟化魚干物の商品開発を学習の場の展開から見ていく(図2)。

骨軟化魚干物の学習関係構築の前段階として、産業技術研究所食品産業技術センターでは魚骨軟化技術を確立させていた。その技術自体は、数値化・コード化された移動型知識であった。それが、地域企業や大学、介護施設、水産会社などを含めた取引関係の中で埋め込み型知識へと転換が図られていった。

(株)キシモトは以前に魚食の普及のために魚骨抜き機の開発を行っており、技術開発・製品開発及び市場状況についての経験・情報を蓄積していた。聖カタリナ大学と産業技術研究所との関係も本事業前からユニバーサルデザイン研究会で問題意識を共有していた。その後、愛媛県の研究事業やえひめ産業振興財団、経済産業省農商工連携事業等とつながっていった。

イノベーションのための学習の場は、様々な学習が連鎖することによって成り立っているイノベーションのためには、学習の場を構築させるだけではなく、継続・連結・発展させることも必要である。

 

   図2 「まるとっと」製品開発における学習の場の展開

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 公設試を中心としたイノベーション・システムの重要性

本取組みは、地域資源の恵まれないローカル地域においても、その地域的劣位を乗り越えてイノベーションの創出に成功した例である。技術レベルも地域の中小企業の身の丈に合ったものであり、企業は苦労しながらも、知識を吸収・定着・展開していった。

地域の中小企業は新規技術の学習自体に不慣れなこともあり、企業に、動機付けを含めた企業の学習環境の整備が必要である。大学の高度な学術知を活用してイノベーションを創出する企業はローカル地域には多く立地していない。それよりか、決してハイテクではないが技術力を向上させて、既存事業の高度化を図る企業はある。

従来、イノベーションには程遠いと思われていた魚の干物であるが、このたび頭から骨までまるごと食べられる魚の干物という新たなイノベーテイブな商品がもたらされた。その開発は、地域の中小企業が行ったものであるが、地域の公設試、大学、行政機関などとの連携により、成し遂げられたものである。その中心として公設試の役割は大きい。

地域の公設試は、技術シーズの開発から、関係機関との関係構築、技術の移転など、地域におけるイノベーションをマネジメントしていた。ローカルな学習において中心的な役割をになうローカルイノベーション・システムの中核的存在である。特に研究開発志向の企業が少ないローカル地域では、公設試を中心としたイノベーション・システムを再構築する必要がある。

 

今回の事例の詳細を知りたい方は、こちらの論文をご覧ください。

 

 

イギリスの地方自治における権限移譲とEU離脱

日本地理学会のE-journal GEOに拙稿「北東イングランドにおける権限移譲と地域の変容」が公開されました。

 

イギリス、特にイングランド地方自治制度は保守党と労働党の政争の具にされることが多く、中央集権の中で、中央政府地方自治体に対して権限を吸収したり、権限の移譲を行ったりしてきたりしていました。特に2011年の地域産業パートナーシップの組成以降、都市圏の地方自治体は中央政府の繰り出す地方政策に対応することに翻弄されてきたと言えます。

 

以下に、公開された論文の要約です。

<要約>

イングランドでは,2011年の地域産業パートナーシップの組成以降,都市協定,成長協定,権限移譲協定,合同行政機構の組成,公選制市長などと立て続けに政策が展開されている.本稿では,地域産業パートナーシップ設立以降のイングランドにおける権限移譲政策の展開を明らかにし,地域がどのように国の政策を受容し,どのように変容していったかについて明らかにすることを目的とする.事例として取り上げた北東イングランドでは,ノース・オブ・タイン,北東,ティーズバレーの三つの合同行政機構が形成された.合同行政機構は,新市場主義において都市地域の集積効果を利用した経済開発のために生み出された新しいガバナンスであり,その管轄領域は,政府との協定により権限が積み重なられることにより正当化されている.

 

私の専門は地域イノベーションであり、地方自治は専門ではありませんが、なぜイングランド地方自治の変遷について執筆したかというと、地域イノベーションに関する制度的取り決め(institutional arrangement)に関心があり、その地域経済政策のためのガバナンスに興味があったためです。

その興味の中で、イギリスのサブナショナルのレベルの地域を見ていると、地域というものが、固定的な存在ではなく、とても流動的な存在であり、”地域”の権限としての正当性と範囲の妥当性は人為的に作られるものであることに驚きを覚えたからです。

イギリスの地域は、地域開発公社(RDA)時代は、サブナショナルを単位としていましたが、現在の地域産業パートナーシップ(LEP)では都市地域を単位としてガバナンスの構築が図られています。その取組みは理念より実践的な経験主義的アプローチにより形成されています。

 

現在、イングランドの大都市圏では選挙による直接選挙によって選ばれた市長により自治運営がされています。そのリーダーシップはわかりやすいためマスコミによく取り上げられたりします。このコロナの制限措置の際にもグレーター・マンチェスターのバーナム市長の政府の措置に対する反対を表明する記者会見が大々的に報道されました

このコロナではイギリス政府の措置はあまり芳しくないため、地方の首長が中央政府に対して反対するようなことが多くみられます。地方自治体は権限もないので自分たちの責任については不問であり、中央政府を悪者にして自己を正当化しています。

その顕著な例がスコットランドでしょう。スコットランドもこのコロナの感染者数が大きいです。それに対してはボリス・ジョンソン政権のせいにしています。実際、ジョンソン政権がもうちょっとましなアプローチをしていれば、スコットランドもイギリスを見直して、イギリスに残留してもいいと感じることができたかもしれません。

 

イギリスのEU離脱もあり、スコットランドはイギリスから離脱すると私は思っています。1997年にブレア政権は権限移譲によりスコットランドに議会の設置(議会の設置は1999年)を認めましたが、それは地方自治の話ではないと考えます。スコットランドは元々別の国であり、それを分権により権限移譲していくことは国の分離につながることになります。一国の枠組みの中での分権・権限移譲であれば、それはあくまで地方自治の話ですが、連合王国であるイギリスにおいては話が違ってきます。

2004年にスコットランドでフィールドワークを行った際、スコットランドは北欧式の社会経済システムを目標としていると話しており、労働党が比較的強かったですがその議席はSNPに代わっていしまいました。また、経済開発のライバルとしてアイルランドを挙げていました。アイルランドと競争するため自由度の高い経済運営を要望しています。なので、イングランドの保守党を支持母体とする中央政府とは相対する仕組みとなっています。

スコットランドでは、2014年に独立の是非を決める選挙が行われました。結果は否決されましたが、SNPとしては何度も何度も独立するまで選挙を求めるでしょう。EU離脱スコットランド住民投票の要求に正当性を与える口実となります。仮に現在住民投票を行ったら、スコットランドは独立するでしょう。そうしたら、ロシアのプーチン大統領の高笑いをしている姿が目に浮かびます。

 

現在、北東イングランドについては論文3部作を執筆中です。第一弾が本編です。第二弾は投稿中であり、春ごろには公表できると思います。第三弾は苦労しています。

 

「松山都市圏を創造都市にかえる」をテーマにリモート講義を行いました

2020年第3クウォーター(10月、11月)の「産業立地論」の授業は「松山都市圏を創造都市にかえる」とテーマに講義を行いました。

授業登録者は社会共創学部の3・4年生46名でした。

 

本講義の目的は、知識の習得よりも、1年から3年までで学んだ知識を整理統合してプランを作成する能力の向上と、地域学習に欠けている視野の拡大を狙ったものでした。(なので海外の事例を多く提供しました)

 

授業は基本的にはZOOMによる同期型の遠隔授業を行い、46名をおよそ5~6名の8グループに分割して、ブレイクアウトルームを活用しディスカッションを行わせました。最後の4回は密を避けるためにもクラスを2分割して教室による対面式のプレゼンテーション(&準備)を行うハイブリッド型としました。

 

授業は産業集積からイノベーション、産学連携、海外都市の歴史と多岐にわたり、一見取り留めのないような印象を与えますが、授業初日に「松山都市圏を○○で活性化することを考える」というゴールを示し、それを意識し授業に集中するようにさせました。

 

授業の内容は下記の通りです。

第1回

10月2日

 

ガイダンス

 

第2回

10月6日

 

産業立地と集積             

宿題

第3回

10月9日

 

知識経済における集積         

 

第4回

10月13日

 

イノベーションについて           

グループディスカッション、宿題

第5回

10月16日

 

イノベーションと制度

 テーマ決定

第6回

10月20日

 

産学連携の仕組みと現況       

GD、宿題

第7回

10月23日

 

産業都市の誕生(マンチェスター

 

第8回

10月27日

 

工業都市の変遷(ピッツバーグ)  

GD、宿題

第9回

10月30日

 

ハイテク産業地域の変遷(シリコンバレー①)

 

第10回

11月6日

 

ハイテク産業地域の変遷(シリコンバレー②) 

GD、宿題

第11回

11月10日

 

創造都市論(バンクーバー

 

第12回

11月17日

 

グループディスカッション (プレゼン準備)

 

第13回

11月20日

 

グループディスカッション (プレゼン準備)

 

第14回

11月24日

 

プレゼンテーション (前半)

 

第15回

11月27日

 

プレゼンテーション (後半)

 

 

途中宿題を5回課し、固定メンバーによる5回のグループディスカッションを行う反転教育を行いました。

1 イノベーションについて

2 地域活性化における大学の役割

3 テーマに関する松山都市圏の地域資源、他先進事例

4 テーマに関する松山都市圏のSWOT分析、PEST分析

5 松山都市圏における創造性を生かした地域活性化

 

まずは宿題として個人で考えて、授業時間に班で発表・ディスカッションさせ、クラス全体で発表・ディスカッションというように学びの輪を拡大させ、新たな気づきが多くなるような学びの場を構築することを心掛けました。それを授業の講義内容とリンクさせ、不足分を補いました。

メンバーを固定してディスカッションをおこなわせることで、最終プレゼンテーションに向けたチームビルディングにつながりました。

 

地域活性化のテーマはハイテク、アート、サブカル、医療、スポーツとし、くじで各班に割り当てました。

学生が行った最終プレゼンテーションの題は下記の通りです。

・革新、愛媛をシリコンバレー

・施設に投資せず人に投資せよ(サテライトオフィスによる地域振興)

・たたかえサバゲ―の街

・松山サブカル (道後温泉鬼滅の刃のコラボによる観光客誘致)

・ちょっとでいいけん、県美にいってみん(方言音声ガイドによる愛媛県美術館活性化)

・メディカルツーリズムで松山を医療観光都市に

・Fun To Sports(ノルディックウォーキング、サイクリングによる活性化)

・アート砥部焼

 

プレゼンは各チームいろいろ調べてユニークかつ多様性に満ちた発表となりました。

学生はいろいろな分野で松山都市圏の発展の可能性を感じて視野が広がったことと思います。

昨年は同じようなことを対面式授業でやっていましたが、ZOOMを使った遠隔授業の方が各自が個人で考えられる時間があり、グループワーク・プレゼンテーションの内容が良くなったと思います。

 

リモートによるグループワークでは教員の目が行き届かないので最後に班メンバーのPeer評価をさせました。

参考文献はリチャード・フロリダの『新クリエイティブ資本論』と拙著『イノベーションの空間論』でした。

 

上記の授業に興味がある人はご連絡ください。

twitter: @nozakazoo

新 クリエイティブ資本論---才能が経済と都市の主役となる

新 クリエイティブ資本論---才能が経済と都市の主役となる

 

  

イノベーションの空間論

イノベーションの空間論

 

 

地域のマーケティングについて考えてみる

 昨年イギリスの自治体の都市計画部署を訪問した際に、「市役所に勤めるのに今後必要な能力はどのような能力ですか?」という質問をした際に、「マーケティング能力」という答えがありました。

そのことがありましたので、最近改めてコトラーら(1996)の『地域のマーケティング』 東洋経済新報社)を読んで見ました。

 

(原題は『Marketing Places』で、Placeを「まち」と訳しています。)

 

どうして「まち」のマーケティングが必要なのか(p.350)

「まち」の開発にマーケティングアプローチを採用することは、「まち」が新しい経済において効果的に競争していくための最優先課題である。

「まち」は、現在そして将来の顧客ニーズを満たすような製品やサービスを作り出さなければならない。

「まち」はその製品とサービスを、「まち」の内部にも外部にも、国内にも海外にも、販売しなくてはならない。

「まち」のマーケティングは、刻々と変化する経済状況と新しい機会に応じて柔軟に適応すべき継続性のある行動である。

 

地域ブランド品、観光だけでなく、企業誘致、人材獲得、移出(輸出)振興などが地域の発展には重要であり、そのために地域が戦略的に「地域」を売り出す必要が高くなっています。

地域イノベーションにおいても、企業や人材・資金の獲得のために、地域のブランド力(例えばシリコンバレーなど)は重要になってきています。

 

「「まち」のマーケティング」の中心となる考え方は、「まち」は、抵抗する内部・外部の強大な力を乗り越えて、その資源と人々の力を結集して、競争上の比較優位性を改善することができる、ということである。

国の国家間の競争に対する対応と同じように、「まち」も流動的な経済秩序に対して、対応していかねばならない。そのチャレンジにうまく対応するためのマーケティングの手法や機会を戦略的市場計画立案の考え方が与えてくれるのである。(p.351) 

 

→地域をマーケティング的に考えることは難しいことではないですが、それを実行させるとなると、地域内外の軋轢もあり難しいです。

それは、行政では平等が原則であるのに対し、マーケティング戦略では選択と集中があり優先順位をつけなければいけないからです。 

 

「まち」はこれからの問題点にどのように対処すべきか

 「ビジネスのスタート、成長、変革、新製品の開発販売、生産性の向上、輸出市場の開拓、契約、衰退、移転、撤退などが成功するかしないかは、「まち」の実行力にかかっている」 (p.327)

 

21世へ向けたこれからの「まち」の開発を導く枠組みとなる10の対応策(p.327~)

対応策1:「まち」は戦略的なビジョンを確立して問題に対応する必要がある

対応策2:「まち」は市場に基づいた戦略的な計画立案方法を確立する必要がある

対応策3:「まち」は本物の市場志向を採用しなければならない

対応策4:「まち」はそのプログラムやサービスの品質をうちたてなくてはならない

対応策5:「まち」は自分たちの競争優位性を効果的に伝達し、プロモーションする能 力が必要である

対応策6:「まち」は経済基盤を多様化して、変化する状況に応じて柔軟に対応できる体制を作らなければならない

対応策7:「まち」は起業家的な体質を身につけなければならない

対応策8:「まち」はもっと民間部門を活用すべきである

対応策9:それぞれの「まち」がもつ文化・政策・リーダーシップの違いによって、そ  れぞれ独自の変化の過程を経る必要がある

対応策10:「まち」の開発を支え、開発スタート時の勢いを維持するために、組織的な カニズムをつくっておかねばならない

 

 →いわゆる行政として”地域政策”を展開するという従来の考え方ではなく、起業家的な発想が必要となるでしょう。そのようなコンセプトとして”Institutional Entrepreneur”、”Public Entrepreneur"という概念があります。

 

「まち」はその時々の選挙民のニーズを超越して、もっと広い視野を持って戦略的に「まち」の計画を立案しなければならない。戦略的市場計画は、「まち」の未来の開発を導く力となり、具体的な行動計画や提案を選別し、優先付けしてくれる。また、「まち」を変えようとする要求に対していちいち対応するのではなく、「まち」ができることを一歩一歩実現していかなければならない。

現実の政治を無視せよというわけではなく、政治的なニーズと市場の力とのバランスをとるべきであると言っているのである。

自分たちの資源・資産、機会、そして顧客を明らかにするべきである。「まち」は自分たちの潜在的な顧客のニーズ・認識・好み・購買意思決定のしくみを理解する必要がある。「まち」は自分たちの未来のシナリオを描き、競争優位を持った「まち」になる道筋を決めなければならない。(p.330)

 

→地域政策は現状のニーズに対応することが第一とされていますが、それでは将来への投資が十分にされない可能性が高いです。

将来の地域づくりを考えるためには、現在のステークホルダーの意見ばかり聞いていてはできないです。

  

「まち」の盛衰は、能力を持ち、やる気のある、満足した市民(労働者・教育者・独創者・起業家・経営者などからなる市民)を作り出せるかどうかにかかっている。人的な資源が、「まち」が競争に生き残っていくための持つとも重要な資源なのである。(p.331) 

 

→いくら優れた戦略があっても人を中心とした資源がなければ実行できません。

 

人々が毎日の生活で「まち」を評価するのは、「まち」のもつ大きなビジョンによってではなく、「まち」の毎日のサービスの質によってである。(p.332)  

 

→いくら立派で正しいビジョンでも、人々がメリットを感じられなければ人々はついてきません。

 

「まち」は、ごく少数の産業や企業に、その未来を託すわけにはいかない。技術革新によって産業の浮き沈みは激しく、企業はコスト優位を求めて国際的に移動していく。「まち」は、うまくバランスのとれた企業のポートフォリオを組み立てなければならない。(p.335) 

 

→地域のステークホルダーに対応していくと、どうしても既存産業の振興に力を入れがちになります。

ポートフォリオの構築のために、地域における将来の飯のたねとしての産業づくりができる体制が必要です。

 

異なった「まち」が、同じような方法で変化に適応し、同じような未来を描くことはあり得ない。「まち」は固有の歴史、文化、価値観、政府や民間機関、官民の意思決定とリーダーシップのしくみを持っている。(p.344 )

 

→従来の行政の考え方から逸脱した時、その取組みを正当化できるガバナンスが必要になります。

 

→当然、地域を”商品”として扱いマーケット概念を当てはめるという考えはよいのかという反論はあります。

 

 →本はアメリカの事例であり、ちょっと時代遅れの感もあります。本は絶版になっていますが、マーケティング・マネジメントの考え方は現在でも十分に通用する考え方です。

 

 

製造業VSサービス業ではなくデジタルVS非デジタルで考えてみる。

平成の30年間において日本の製造業は縮小している。欧米諸国も国内総生産における製造業の比率を大幅に下げています。また、1995年のWindows95の発売に代表されるようにITやインターネット産業などのサービス業が発展してきています。

そのため、先進諸国においては製造業はもはや重要な位置づけではないと言えます。

近年もGAFAに代表されるように、AIやディープラーニングなどの情報をもとにしたビジネスが大幅に拡大しております。

そのため、産業の主軸は製造業からサービス業にシフトしたと言えます。確かに、ペティ=クラークの法則でも、国や地域の経済発展につれて、産業構造が農業から工業、工業からサービス業に移行していくと言われています。

 

しかし、サービス業は広範な産業を包摂しており、サービス業の発展が経済発展を意味することに疑念を抱かざるを得ません。例えば、チェーン店などの飲食業や物販業、宿泊業、介護業などは決して付加価値の高い産業とは言えません。

 

なので、産業を製造業VSサービス業とし分けてみるのではなく、デジタル化VS非デジタル化と分けてみるともう少し違った世界が見えてくると思います。

例えば、同じサービス業でも、飲食業、物販業、介護業などに対し、AIやディープラーニングはこれからの産業として注目されています。

また、製造業でも例えば家電などの大量生産品は確かに付加価値を生むことが難しくなっていますが、IoTなど第4次産業革命としてデジタル化に関連する分野は成長産業として認識されています。

 

しかし、デジタル化が高付加価値化で、非デジタル化が低付加価値化というと話はそう単純ではないようです。例えば、デジタル化されたサービス業ではコールセンターやITゼネコンによるシステム開発は高い付加価値を生み出しているとは言えないが、非デジタルの飲食業、物販業、介護業、宿泊業でも、ホスピタリティ精神を極めたコンシェルジェサービスや、高いスキルを持った料理屋などはとても付加価値が高いと言えます。さらに、製造業においても、デジタル化を果たした製品としてスマートフォンやハイスペックな工作機械でも型落ちしたものはすぐ価値が下がってしまいます。一方、デジタル化を果たしていない製造業でも巧の技やノウハウを囲みこみ、ブランド化などで差別化を図ることで高付加価値を生むことができます。

 

以上みてきたように、製造業からサービス業への移行は経済の発展を意味するとは言い切れず、産業分類があまり意味を成すものではなくなってきているほど大きな変革を遂げている最中と言えます。

その時、デジタル化という軸を通して産業の推移を見てみると産業の発展がよくわかると思います。しかし、デジタル化が単純に産業の高付加価値化を示しているのではなく、ちょっと時代遅れになったり、だれでもまねできるようなものは大きな価値を得られないことがわかります。

要するに、デジタル化においても極端に最先端でハイテクなものでなければ価値は低いし、非デジタルでも決して市場は大きくないが、だれもまねできないような高スキルの領域であれば高付加価値なポジショニングを確保できると言えます。

 

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ヨーロッパのイノベーション首都2020にルーベン(ベルギー)が選定されました。

EUでは2014年からヨーロッパにおける先進的なイノベーションの取組みを行っている都市地域をi-capital(首都)として表彰しています。今年はベルギーのルーベンが選定され、100万ユーロを獲得しました

 

ルーベンはルーベンカトリック大学やIMECなどの学術・研究機関があり、科学技術の集積が見られます。しかし、それだけで評価されたわけではなく、イノベーションに市民を巻き込んだミッション・ドリブン・シティーをつくるガバナンスが評価されました。

 

今年の優秀都市地域として表彰された他の候補は、クルジュナポカ(ルーマニア)、エスポ―(フィンランド)、ヘルシボリ(スウェーデン)、バレンシア(スペイン)、ウィーン(オーストリア)で、10万ユーロを獲得しました。

 

i-capital(イノベーション首都)のコンセプトでは、オープンでダイナミックなイノベーションのエコシステム構築に貢献する、市民がガバナンスや意思決定に加える、イノベーションをレジリエントでサステイナビリティに結びつけることが基準となっています。

なので、ハイテク産業の中心地として○○バレーをつくる動きとは異なります。

 

イノベーションとは地域によって違いがあり、市場主義に基づくアメリカ型のイノベーション、中国や韓国などの東アジアに代表される国家型のイノベーション、市民参加を重視するヨーロッパ(北欧型)のイノベーションがあるとされています。

なので、このヨーロッパ・イノベーション首都もイノベーションシステムにおける市民の参加を重視しています。

 

日本はイノベーションといえばアメリカ型の破壊型のイノベーションによる新製品・新市場の創造をイメージすることが多いですがそれほどのダイナミズムはなく、中国や韓国ほどの強力な国家のイニシアチブを発揮できないという中途半端な状態と言えるかもしれません。

日本はヨーロッパと同様にそれほど高い経済成長は望めない成熟社会なので、やみくもに経済的効果を目指す破壊的イノベーションを目指すモデルより、文化や社会志向の高いイノベーションを目指すべきだと考えますが、ヨーロッパほど市民意識が高くないのでそれもなかなか難しいのかなと思います。

 

ちなみに、2014年から始まったヨーロッパ・イノベーション首都ですが、受賞地域は以下の通りです。

2014年 バルセロナ(スペイン)

2016年 アムステルダム(オランダ)

2017年 パリ(フランス)

2018年 アテネギリシア

2019年 ナント(フランス)

 

 

地域政策において場所性を考慮すること(場所基盤)の必要性

地域とは当然、千差万別であり、一つの政策がすべての地域に適用可能なわけではない(One size does not fit all)という議論は以前からされています。

特にこの考え方はイノベーション政策に顕著であり、地域のポテンシャルが違うので、政策もそれに合わせて異なるものであるという考え方です。

しかし、現実は中央政府の画一的な政策を地域は実施するというスタンスで取り組まれてきました。

それに対して、現在、EUの政策として、スマート・スペシャルゼーションという政策が取り組まれてきており、地域の特性に合った政策が模索されています。

 

地域にとって、場所に根差した政策は当然のようですが、これは地域独自の政策立案・運営能力が問われるわけで、画一的な中央政府の政策を実施するより難しいことと言えます。

しかし、日本でもこの考え方は重要であり、今後の地域政策では場所性を考慮することは当然となってくることが予想されます。

そこで、オーストラリア、フィンランド、イギリス、チェコの研究者が集合し、場所に根差した地域政策の必要性について冊子をまとめたものを以下に紹介したいと思います。

 

この8月にRegional Studies Policy Impact Booksとして

Every place matters: towards effective place-based policy

が公表されました。

長野県飯田市の「おひさま」自然発電所の取り組みも紹介されています。

 

著者の一人である、フィンランドタンペレ大学のソタラウタ教授の了解を得て、要約の日本語訳版を以下に紹介します。

 

<要約>

この政策研究冊子を通じて、私たちは、公共政策の一形態として、また政府が利用できる可能性のある一連の手段の一つとして、場所に根差した(場所基盤)政策を検討してきた。場所に根差した政策は、都市、ローカル、地域に焦点を当てているが、それは、すでに確立された政府の活動プログラムをラベル化として示すものではなく、特定の場所で公共部門の資源を集中させ活用させることが重要であることを示すものである。

 

場所に根ざした政策は、

それぞれの都市、地域、農村地域の文脈が幸福度を高める機会を提供していることを認め、経済と社会の発展に関する観念とアプローチを体現したものである。それは、それぞれのニーズに合わせた開発アプローチを提唱するものである。

 

重要なことは、場所に根ざした政策は、大きさに関係なく地域のすべての部分の開発を明確に求めていることである。場所に根ざした政策は、イノベーションに焦点を当てたプロアクティブなものであると同時に、経済的混乱に対応するために使用される場合には、リアクティブなものでもある。政策手段として、これらの政策は、空間性を考慮しない政策設定と比較すると、政府の役割や現代経済のダイナミクスに関する異なる哲学が見えてくる。

 

場所に根ざした政策は、政府の排他的な領域ではなく、大学を含む他のアクターが、そのような政策の利用に貢献し、利害関係者となっている。場所に根ざした政策は、多くの場合、政策の一部として適用されている。


場所に根差した政策とは、
・多くの場合、政府が懸念する問題に対処することを目的とした一連の施策の一部として適用される。
・人間の状態を改善し、危険にさらされている個人やコミュニティの幸福度を向上させることを目的としている。
既得権益や競合する管轄区域が場所に基づく政策課題を多様な方法で解釈するため、計画や行動が重なり合うことに苦慮する可能性がある。
・その適用は国境を越えたものであり、国や政府の制度を超えて表現されている。
・経済や経済パフォーマンスの問題に限定されるものではなく、公衆衛生や社会サービスの提供を含む多くの政策領域で、場所に根差した政策を見出すことができる。

 

場所に根ざした政策をよりよく理解するために、これらの政策を支え、形成している政府のプロセスを調査し、成功や失敗につながる可能性の高い要因を明らかにした。


この政策研究冊子では、場所に根ざした政策の 5 つのケーススタディに注目している。これらの事例は、場所に根ざしたアプローチが世界的に広く普及していることと、公共政策の様々な課題に適用できることの両方を示している。これらのケーススタディはまた、その規模や戦略的意図も大きく異なっていた。飯田市(日本)で実施され発電に関する政策、ノバスコシア州(カナダ)の海洋イノベーション政策では守りの戦略として実施され、後者では漁業資源と生計を保護し、前者では都市の人口を保護していた。対照的に、サウスモラヴィアチェコ)とスウェーデンフィンランドの場所に根ざした政策は、より攻めの戦略であった。

 

イノベーションと経済成長を推進するために地域の能力を動員するというものである。政策の発端にはかなりのばらつきがあった。飯田市では、日本の地方自治体がイノベーションの主な触媒となった。ギップスランド(オーストラリア・ビクトリア州)やサウスモラヴィア州では、州政府や地域政府(またはその半自治政府)が政策の実験プロセスを主導し、スウェーデンの「ダイナミック・イノベーション・システムによる地域成長」(VINNVAXT)やフィンランドの「センター・オブ・エクセレンス(CoE)」プログラムは、各国政府の野心や推進力を反映したものであり、目標達成のために「トップダウン」と「ボトムアップ」の両方のプロセスを利用しようとする意欲を反映したものである。

 

これらのケーススタディは、場所に根ざした政策の多様性を示しているが、いくつかの共通点もある。その一つは、政府を越えて、より広いコミュニティと連携して活動することの重要性である。サウスモラヴィア、ギップスランド、フィンランドスウェーデンでは、政府の階層を超えた連携と様々な組織の連携が政策設計の中心的な要素であり、日本とスウェーデンでは、市民社会組織と民間セクターの投資決定がプログラムの目的を達成する上で重要な要素であった。

 

最後に、日本における持続可能なエネルギーへの転換と人口レベルの向上、フィンランドにおける国際的に競争力のある産業、ギプスランドのラトローブ・バレーにおける労働者の継続的な雇用などを通し、成功とはどのようなものかを理解することが、それぞれの場所に根ざした政策を定義する上で非常に重要であった。

 

より広いレベルでは、これらのケーススタディは、異なる政府の制度、多様な資金源、多様な目的と目的、そして独特の文化的文脈や経済システムなど、様々な状況下で、場所に根ざした政策が成功する可能性があるという事実を浮き彫りにした。私たちは、場所に根ざした政策が目標を達成できるかどうかを決めるのは、その実施プロセスであると結論づけた。

 

場所に根ざした政策
それを実現するためには、質の高い政策設定とプログラム設計能力だけではなく、その性質、期間、協力的なアプローチが重要である。

 

場所に根ざした政策を成功させるためには、大きな障害があることは否定できないが、現代のグローバル経済の多くの部分では、代替案がない。LSEのロドリゲス=ポーズ教授が観察したように、空間的に考慮のない政策はあまりにも多くの場所を置き去りにし、政治的・経済的な不確実性をもたらしている。唯一の解決策は、すべての地域、都市、産業、コミュニティが潜在能力を発揮できるようにするための、場所に根ざした政策を実施することである。

中国の台頭としてBATHについて詳しく分かる動画集

前期の主に1年生を対象とした共通教育「地理学入門」の1コマで「中国の台頭」について取り上げました。

大学生の中国観は意外と古臭く、「日本より遅れているのでは」「パクリ品が多い」などのイメージが多かったです。そこで、バイドゥ、アリババ、ティンセント、ファーウェイ (BATH)を紹介する動画(CNBC制作)を見るように指示しました。

視聴後の感想としては「こんなに中国の技術が進んでいるとは思わなかった」「日本より先進的だ」「こんなオフィスで働いてみたい」「日本負けている」などのような意見が多かったです。

ファーウェイをはじめBATHについて見かけることが多くなりましたが、意外に知らないことが多いですね。

米中の技術戦争により中国のハイテク企業が今後どうなるかわかりませんが、これら動画を見ることで、中国観をアップデートすることができます。

 

バイドゥとは何か(3分58秒)

 

バイドゥ本社ビル(3分18秒)

 

アリババとは何か(4分5秒)

 

アリババ本社ビル(6分18秒)


ティンセント 本社ビル(3分27秒)


ファーウェイとは何か(6分55秒)


ファーウェイ新キャンパス(4分26秒)

 

コロナ禍において大学生はプライバシーをとても重要視している

現在のコロナ禍において、感染者を増やさないことと、経済を回すことの両立が求められています。また 、緊急事態宣言などのような強制力をもって人々の行動を制限することが難しくなってきています。そこで、前期の授業で大学生にアンケートを取り、大学生の価値観について調査してみました。 (回答数263名)

 

Q1-1、健康・命(コロナ)のためならプライバシーを犠牲にしても良いという回答が48%で、プライバシーの方が重要という回答が52%でした。 僅差ではあるが、コロナにおいてもプライバシーが重要という考えが強かったです。

Q1-2、安全・治安のためならプライバシーを犠牲にしても良いという回答が37%で、プライバシーの方が重要だという回答が63%でした。国が安全・治安のために個人データを囲い込むという考えにはあまり賛同がありませんでした。

Q1-3、健康・命(コロナ)のためなら経済を犠牲にしても良いという回答が62%で、経済の方が重要だという回答が38%でした。現在、経済を回すためにGo toトラベルキャンペーンなど行われていますが、大学に来れないなどの行動制限を受けている大学生にとっては、コロナをしっかり抑えるべきだという意識が比較的強かったです。

日本においては、韓国や中国のように個人データを捕捉して、個人の行動を監視し感染者を抑えるという方法をとることは技術の問題だけでなく、個人の信条として難しいと言えます。

現在のコロナ渦は、「個人の権利(プライバシー)」と「医療・生命」と「経済」の3つのバランス(優先順位)をとる非常に難しい局面にあると言えます。

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Q2-1、キャッシュレス決済については73%が肯定派でした。

Q2-2、キャッシュレス決済などでは企業に個人情報が蓄積されていますが、それについては55%が個人情報を活用されるのは構わないとの認識でした。

Q2-3、マイナンバーカードなどで国が個人の情報を活用するのは構わないとの回答は49%であり、半々と意見が分かれました。

Q2-4、経済のためなら個人のプライバシーを犠牲にしても良いという回答は22%と少なかったです。キャッシュレス決済のポイントなどの現状の使い勝手については肯定していましたが、いろいろ便利になろうとも、国などが個人のプライバシーは犠牲にしてはいけないという意識が強かったです。

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調査結果全体を見ると、大学生は個人の権利(プライバシー)をとても重視していることが窺えます。それ自体は決して悪いことではなく、これは戦後の民主教育で最も重視してきた価値観なのかもしれません。

ただ、個人の権利(プライバシー)を重視することが、本当に民主的なのでしょうか?行き過ぎた民権の主張は公共の構築を難しくするかもしれません。過度のプライバシーの重視は、中国のようなビックデータによる新たなサービス産業の創造を難しくするだろうし、マイナンバーが普及しないことは行政サービスのイノベーションを阻害する可能性もあります。