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科学技術イノベーションは地政学的に大きな影響を与える:トーマス・ヘイガー(2010)『大気を変える錬金術』みすず書房

1905年にドイツのフリッツ・ハーバーが窒素と水素からアンモニアを合成する方法を発明し、1913年にBASFのカール・ボッシュが実用化に成功した(ハーバー=ボッシュ法)。それが第1次・第2次世界大戦に与えた影響を記した本である。

窒素自体は肥料として使用されるが、アンモニアは更に反応させるとダイナマイトにもなる。窒素肥料は世界の農業生産を向上させ人類の発展に大いに貢献したが、ダイナマイトは戦争を拡大させた。その科学的発見の功罪が鮮やかに描かれている。

ハーバー・ボッシュ法は確かに破壊的イノベーションではあるが、ハーバーの発見は、,オストワルト、ネルンストなど先人の研究者の肩の上に乗っかって達成されたものである。同時に、カール・ボッシュは、ハーバーの発明をいかに商業ベースに乗せるか、代替触媒の探索や製造機器の設置においては細かな改善を重ねて成し遂げられたものであった。つまり、革新的なイノベーションは改善の積み重ねによって成し遂げられるものであった。

ハーバー=ボッシュ法の開発は、カールスルーエ大学の助教授であったハーバーとBASFの産学連携の物語でもある。BASFのボッシュはハーバーの発明した原理さえ修得してしまえば特にハーバーに頼ることもなく、BASFのみで大学での研究をいかにスケールアップするかの開発に注力していった。

また、第1次世界大戦時、ハーバー=ボッシュ法の発明がなければ、ドイツはチリから硝石を輸入することができず、食料も生産することもできず、第1次世界大戦をそれほど長く戦い続けることはできなかった。また、ドイツが第1次世界大戦に負けることにより、フランス、イギリス、アメリカ合衆国は、ハーバー=ボッシュ法の技術を獲得しようと執拗に圧力を加える。それを守ろうとBASFは製造設備を解体するなど毅然と立ち向かう。科学技術の発明が国富と強兵に直接に結び付いていた。

さらに、ハーバー=ボッシュ法の発明により、チリ硝石の価値がなくなり、それを産出していたチリのイキケは見捨てられた土地となるなど、地域の浮沈に多大な影響を与えた。

本書は科学技術イノベーションの光と影、そしてそれが政治経済的に与える影響を詳細に描いている。 

大気を変える錬金術 新装版

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